第六回
その後も間を空けることなく次々と治療を終えた兵がやってくる。結局、昼にもならないうちに全員の治癒が終わった。いくらギューフ家の能力が群を抜いているとはいえ翌日までかかるのもやむ無しと見込んでいただけに、これは思いもよらないことだった。
リーデンに「御苦労」と声をかけられると、部屋から出てきたフェオは黙礼した。
「全員、異常は無いな」
兵自身も未だに信じられぬといった様子で「・・・・・・はい」と答えた。
「私も保証いたします」と軍医も頷く。
「他に負傷者はおるか」
「ごく軽傷の者のみです。移動も負担になります故、私の見立てでは現地で処置をしたほうが回復が早いかと」
軍医がそう答えると、リーデンは「わかった。では、全員配属先へ戻れ」と指示を出し、兵と軍医は退出していった。
リーデンとリドニアは専ら兵の回復に気を取られていた。そのためフェオの様子に気付いたのはルディオスただ一人であった。
「フェオ、気分がすぐれないのか。顔色が良くないようだが」
フェオははっとしたように目を見開いたが、「いいえ」と首を横に振った。微笑んではみせるものの、その顔からはすっかり血の気が失せている。
「今日は、もう充分でございましょう」
ルディオスの問いにリーデンも頷いたので、「あれだけの人数で疲れただろう。今日は休むとよい」と促した。あまりの顔色に部屋を出て女官に引き渡すまでのごく短い距離もルディオスが手を貸した。熱はないようだが、近くで見ると額に汗が滲み指先も冷え切っている。女官に支えられながらでも歩いて行くのを見送ってから、ルディオスは室内に戻った。
「父上のお見立ては、確かでしたね」
あれほど反対していたリドニアも頻りに賞賛している。
「うむ、実はここまでとは思っていなかったのだが・・・・・・いや、うれしい誤算というものよの」
そこへルディオスが「父上、フェオの様子を見てきても構いませんか。会議の時刻までには戻りますので」と割って入った。
「うむ」
リーデンの返事を受けてフェオの部屋へ向かうと、ちょうど女官が部屋から出てくるところだった。
「フェオの具合はどうか」
「お医者様は必要ないので、しばらくお休みになりたいそうです。御昼食もお召し上がりにならないとのことです」
ただの疲れならフェオの言うとおり医者を呼ぶまでもないのだろうが、食欲が無いというのは気にかかる。
「昼には何か軽い食事を用意して部屋へ届けてやるように」
「かしこまりました」
広間に戻って事の次第を伝えると、「土かもしれん」とリーデンが呟いた。
ギューフ家の能力には解明されていない部分が多く、サルテオの地を離れて能力を使った場合の記録もない。一方、魔術に関しては生まれた土地の産出物を携行することでその力が強まることが確認されている。そのため戦地に派遣した魔術師達は皆一様にイス国の土を壜に入れて持ち運んでいた。もしギューフ家の能力が魔術と同じ性質のものであるならサルテオの土があった方が助けになるが、慣例上諸外国から王家に嫁いでくる花嫁は出身国の品を持ち込めないことになっていた。
至急早馬が遣わされ翌日の夕刻にはサルテオの土が届けられたが、それまでの間フェオは部屋に籠もったまま一切の食事をとっていなかった。
そのまま女官に託してもかまわなかったのだが、様子見を兼ねてその土はルディオスが直接手渡しに行くことにした。
扉を軽く叩き、「フェオ」と声をかけるとか細い声ではあるが、「はい」と返事があった。
「入ってもかまわないか」
「はい」
ルディオスはゆっくりと扉を開けた。
フェオは寝台の上で体を起こしていた。枕にくっきりとへこみがついているところを見ると、ルディオスの来訪を受けて今し方起きたばかりといったところだろうか。
「横にならなくてよいのか」
「そのような姿でお目にかかるわけには参りません」
きっぱりと首を横に振ってはみせたものの、やはりやつれている。
「具合はどうだ」
「御心配をおかけするほどの事ではありません」
「しかし、あれから何も口にしていないそうではないか」
フェオはやや俯いて、顔を背けてしまった。
「すまない、責めるつもりではなかった」
「・・・・・・いいえ」
しばらくの間があったのち、「渡したい物がある」とルディオスが歩み寄ると、フェオは不思議そうな顔をした。
「そなたの故郷の土だ」
片方の掌に収まるほど小さいそれを、フェオは両掌で受けると慈しむように握りしめた。
「少しでも助けになればよいのだが」
「・・・・・・ありがとう、ございます」
祈るように拳を胸に押し当て目を閉じるフェオを見てルディオスはそっと部屋を出た。
回廊の窓からは沈み始めた陽を見ることが出来る。その地平線の向こうにあるはずのフェオの故郷、サルテオ。
いったいどのような場所なのだろうか。




