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第五十六回

地下牢の空気。その陰鬱さは、陽の光が差さないためだけではないのだろう。今日はさらにそれが張り詰めている。

「こちらでございます」

ルディオスはそこで足を止め、牢へと向き直った。通路にはある程度の灯りがあり、さらに今日はルディオスのために燭台係が付けられている。そのため牢の暗さに目が慣れるまでしばらくかかった。

中央に座り込む、一人の男。ねめつけるようにじっとこちらを見つめている。燭台があるとはいえ、その目は殊更に光って見えるように思えた。

「ルディオス様の御前であるぞ」

家臣が窘めたが、ルディオスはそれを片手で制した。

「お前がアラスか」

「ああ、そうだ」

こちらを射抜こうとするかのような眼光は変わらない。

「して、用件は何だ」

アラスはしばらくそのまま何も言わなかったが、やがて口を開いた。

「なぜ、助けなかった」

それはフェオを通じて聞いていた言葉そのものだった。

「どういう意味だ」

「言葉通りだ」

「そなたの拳なら、望み通りに治している筈だ」

アラスは短く息を吐いた。その様は嘆息のようでもあり、嘲笑のようでもある。

「まだ、わからないのか。あと二人いたはずだ」

誰のことだろう。アラスの他に怪我人が出たという報告はない。ルディオスにはこれといった人物がすぐに思いつかなかった。

無駄に虚勢を張っても仕方がない。「誰のことだ」とルディオスは尋ねた。

「妻と子だ」

確かに亡くなったとは聞いていたが、果たして以前に会ったことがあっただろうか。

「謁見の申し込みはあったか」

ルディオスは家臣の顔を見たが、家臣は「いえ」と首を横に振った。

そのとき、牢の中から鈍い音が響きわたった。見ればアラスが拳を床に打ち着け、わなわなとうち震えている。

「まだ、しらを切る気か。お前たちが殺した……トーレンを見殺しにして、ネレウィを殺したんだ!」

鬼気迫るその様に、ルディオスですら一瞬怯みかけた。

「トーレンだけならまだ仕方がない、元から助からなかったと思えば諦めもつく。だがな、ネレウィを殺したのはお前達だ!」

「貴様、ルディオス様に対するそれ以上の愚弄は許さぬ。王室侮辱罪で死刑に値するぞ!」

家臣の声が空気を震わせんばかりに響いたが、それを押さえ込むかのように、「野犬の仕業で誤魔化せると思うな!」とアラスが声を張り上げた。

野犬の仕業。ルディオスの脳裏にある光景が蘇ってきた。

あの日、フェオを訪ねてきたのだ。

「お前の妻は、フェオがこの城へ来てすぐに、怪我をした赤子を抱えて来たのだな」

野犬に殺された、いや、リーデンがフェオの力を使わせることを拒んだために野犬に殺されたと見せかけられた母親と赤子。

「……ああ、そうだ。やっとわかったか」

アラスは怒号こそあげないものの、相変わらずこちらを睨み続けている。

ルディオスは改めて背筋をのばすと、こう告げた。

「すまない」

そう伝えると、アラスの顔には驚きの表情が浮かんだ。

「あの決定を下したのは先代だ。だが、それも言い訳にしかなるまい。許せというつもりもない。すまなかった」

場を収めるための形式ではない。本心として、ルディオスの口からは謝罪の言葉が出た。

一方アラスは、すぐにどこか痛みをこらえるかのように表情を変えた。怒りのやり場がなくなったのだろう。

「そちらの処遇については、今後改めてこちらで協議を行う。通達を待つように」

ルディオスが踵を返すと、家臣もそれに続いた。

一歩、また一歩と階段を踏みしめる度に、同じ言い訳ばかりが胸を去来する。あれは父の決めたことだ。しかし、まったく預かり知らなかったことというわけではない。いや、何よりもあの場にいたのは父ではなく自分だ。

自分のせいだ。

地上へ出ると、陽の光が随分まばゆく感じられた。こんなにも明るかったのだろうか。そのとき、意識が遠のいた。

「ルディオス様!」

どよめきと共に自分の名が呼ばれるのをルディオスは聞いた。


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