第五十五回
事の次第を伝えると、フェオは表情を強張らせた。
「すまなかった。やはり医師に手当をさせよう」
ルディオスはそう応じたがフェオは、「いえ、そうではなく……」と言葉を継いだ。
「なぜ、そこまで私のことに拘るのでしょう」
政情について不満があるのなら、矛先はルディオスに向くはずだ。強いて言えばルディオスとフェオの婚儀も政治的な事案と言えないこともないが、それに対してたった一人の農民が反感を持つというのはルディオスにも不自然に思えた。何か他に事情があるのだろうか。
その場はアラスの治療を行うことに対しては異存がないことと、万一に備え治療には護衛を立ち会わせることを確認した上で、ルディオスは話を終えた。
あとは怪我を治療するだけとなったが、ルディオスは疑問を拭い去れずにいた。アラスがフェオの能力に固執する理由は、一体何なのか。それを不思議に思うのはフェオも同じだったに違いないが、結局その理由はわからないままに当日を迎えた。
当然護衛には人物的にも武力においても信のおける者を選んでいたが、それでもやはりルディオスは落ち着かない。何事も無ければ良いのだが。そう思い続けていただけに、治癒が無事に終わったという連絡を受けたときには心底安堵した。
「フェオ、大丈夫か」
「はい」
幸いにも、表情に恐怖や疲れの色は見られない。
「少し休むといい」
フェオを部屋に戻させると、ルディオスは護衛から様子を聞き出した。それによると、アラスは狼藉を働くでもフェオに対して憎悪を向ける様子でもなく、神妙に治療を受けていたという。
ラクミアンの言葉通り瞬く間に腫れが引いていき、アラス自身も驚きの表情を浮かべていたということだった。
さすがにこうなっては認めざるを得なかったのだろう、それ以上アラスも不穏な行動をとることはなかった。しかしなぜフェオに対して悪意を持っているのか。なぜ妙な噂を流したのか。その点だけはどうしても聞き出しておきたかった。
狼藉を働いた廉でアラスを処刑することはできる。だが、原因がわからないままでは今後別の人間が同様の騒ぎを起こさないとも限らない。フェオに会わせたことがきっかけになったのか、アラスもぽつりぽつりと雑談には応じるようになったという。それでも核心に迫るといつも口を噤むということだった。
一方、戦地からは徐々に兵士達が引き揚げを始めていた。とはいえ、そのまま各々の家へ帰っていくわけではない。生存者を改めて戸籍と照合するため、兵役を解除する前に一度城へ立ち寄ることを義務づけているのだ。民間人から徴兵した者も例外ではない。
事が済めば家族の元へ帰って行く者がほとんどであったが、今回の件で郷里が焦土と化してしまい、そのまま城内で過ごさざるをえない者も一定数存在した。それでも家族との再会は一筋の光となるのだろう。妻や子を抱きしめる者達には笑顔が溢れている。その様子を見てルディオスは僅かに肩の荷が降りたように感じていた。
そんな折り、フェオからあることを聞いた。
「ひとつ気になったことがあるのですが」
「どうした」
「治療のとき、アラスに妙なことを言われたのです」
「と、言うと」
「なぜ助けてくれなかったのか、と」
どういう意味だろう。アラス自身のことであれば、望み通りに怪我を治したのだから助けたことになるはずだ。焦土の件に関しても、ルディオス達の関知することではなかった。そうなると何か他のこと、例えば戦争に関係のあることだろうか。
戦時下とはいえ、男性全員を兵役に着かせていたわけではない。兵糧調達の観点から、農村地帯には働き手として一定数の若者を残すよう調整がなされており、アラスはそれによって徴兵を免れていた一人だった。家族の戦死というのも考えられたが、確認すると彼に兄弟はいなかった。
見当もつかないがアラスからは何も聞き出せぬまま、さらに数日が過ぎた。
ほとんどの兵士達が帰還し、城ではそこかしこで子供たちのはしゃぐ声が聞こえるようになった。少しずつあたりに漂う雰囲気も明るいものになってきたように思える。
そんな中、護衛から連絡があった。アラスがルディオスに直接会わせろと言ってきたというのだ。
通常であればこのようなことは聞き入れられないのは言うまでもない。にもかかわらず、「承知した」とルディオスは答えた。
「ルディオス様」
家臣達は止めようとしたが、ルディオスは決意を変えなかった。
「話を聞かねばならぬのだ。向こうも口を開かざるを得まい」
「しかし、ルディオス様を地下牢のようなところにお連れするわけには……」
家臣はそう言ったが、「何を言う。先日私とフェオを押し込めたばかりだろう」とルディオスが言うと押し黙ってしまった。
「とにかく、早いほうがよい。日取りを組め」




