第五十回
遣い達は乗ってきた馬をそのまま使うようだが、ラドとニイドには馬車が用意されていた。
馬車に乗り込んだものの、ニイドに軽々しく話しかけるわけにも行かない。そんな折、ふいにニイドが「ラド」と声をかけてきた。その表情はどこか険しい。
「イスの遣いが調べをつけておるかも知れぬし、移動中に妙な形でお前の耳に入るのも避けたいのでな。……話しておかねばならないことがある」と切り出した。
「エオーのところへ行ったときに、セヴェラの話を聞いただろう」
「はい」
ラドは頷いた。
「他にセヴェラのことについて、何か聞いたか」
ラドは昨晩タウラから聞いた内容についてニイドに伝えた。
「そうか」
ニイドは腕を組み目を閉じた。
「ラド、村に子どもがいない夫婦が何組かいるのは知っているな」
「はい」
タウラだけではない。ニイドの言葉通り、子どものいない家庭はいくつかあった。
「そのことについて、理由を聞いたことはあるか」
理由など考えてみたこともない。そもそも気に留めてさえいなかった。
「いいえ」
「……そうか」
ニイドは息を吐いた。
「実は、話しておかねばならないことがある」
その場に重い空気が流れた。
「人身御供というのを聞いたことがあるか」
聞いたことがない。ラドは首を横に振った。
「では、生贄というのは」
「それなら聞いたことがあります。神様に願い事をするときに、生きた動物を捧げるって」
ニイドはそれを聞くと頷いた。
「そうだ。人身御供というのはその生贄に人間を使うものだ。セヴェラはその人身御供にされたのだよ」
しばしの間、ラドには話が飲み込めなかった。人間が、人間を殺す。今までそんなことは考えたこともなかった。
「どうして、そんなことを……」
「そのころ、村は飢饉と水害に悩まされていたという話だ。もちろん最初は家畜や森で捕ってきた動物を生贄にしていたのだろう。だがそれでは一向に収まらず、もっと大きな犠牲を、人を差し出すべきだとなったようだな」
ニイドの話は確かに聞こえている。しかしちっとも頭に残らない。
その人身御供で何かが変わったというのだろうか。ラドの心中を察したかのようにニイドは、「儂も効果があるとは思っておらぬ。ただ、何もせずにはいられなかったのだろう」と言い添えた。
「儂が人身御供の話を聞いて村に来たのはちょうどそのころでな。残念だが、そのときはすでにセヴェラの他にも何人か犠牲になった後だった。なぜセヴェラが選ばれたのかまでは、儂も聞いておらぬ」
ニイドは更に言葉を続けた。
「やがて時が経つうちに飢饉も水害も収まった。おそらく人身御供とは別に、自然とそうなったのだろう。それからは大きな災害は起きておらぬ。お前のように、そのような風習があったことを知らない者も増えてきた。ただ、忘れられるものでもあるまいて」
ラドにはまだ信じられなかった。皆、誰かを殺そうとするような、殺せるような人たちではない。
それに、タウラは子どもを亡くしたような素振りは一切見せていなかった。いったいどんな思いでいたのだろう。
ラドが呆然としていると、「……すまぬな、ただでさえ気の休まらぬ時だというのに、重苦しい話を聞かせてしまった」とニイドが口にしたのでラドは慌てて首を横に振った。もとより人身御供も、こうしてイス国へ向かうことになったのもニイドのせいではない。
「今はイス国の訪問に集中するとしよう」
ニイドの言葉にラドは一瞬現実に引き戻されたが、村人たちに対するとりとめのない思いは巡り続けた。




