第五回
ギューフ家はかなり名の知られた一族ではあるが、サルテオの支配階級ではないため関係を持ったところで外交上利点があるわけではない。また、特段莫大な富を貯えているというわけでもない。財力で考えるならばイス国内の豪族を相手に縁談をまとめた方が話が早い。ではなぜフェオがこの国に嫁いでくることになったのか。
実は、ギューフ家に生まれた者は高い治癒能力を持つ。それも骨折のような通常の治癒魔法でも回復には五、六日を要する怪我でもほんのわずかに手をかざすだけでたちまち完治してしまうほどの驚異的なものだ。
さらに特殊なのは、ギューフ家以外の者にその方法を伝授することができないということだった。通常、才能の差こそあれ魔術師の元で一定期間の修行を積めば魔法を使えるようになるものだ。しかしこの能力は血脈によるもののため、他人が真似をすることはできない。
そこに目を付けたのがリーデンだった。イスは前国王の時代から軍事政策をとり始め、急速に国土と勢力を拡大してきた。しかし戦となれば兵の負傷やそれに伴う国力の疲弊は免れ得ない。そのためフェオの治癒力は好都合であり、また能力そのものの神秘性を利用して兵の士気を高める狙いもあった。
とはいえフェオが一人娘であるということはリーデンも知っていた。普通なら子や孫の代になるに連れ血族が増えていくものだが、ギューフ家はなぜか代々子どもが一人しか生まれないため婿や嫁を取るのが習わしだった。そこでフェオを渡さないのであれば武力行使も辞さないと圧力をかけたのだ。隣国に向けている勢力を差し引かねばならないが、それだけの価値が十二分にあると踏んでのことだ。
しかしギューフ家はなぜかあっさりとフェオを差し出した。
傷病兵が城に帰還してきたのは翌日昼過ぎのことだ。数にして三十名余といったところで、同行してきた軍医と魔術師の話によると、いずれも複数の骨折や裂傷を負っていた。
「試行には好都合だな」
リーデンの言葉にはルディオスも同意見だったので「ええ」と口にはしたが、理由はまったく異なる。あまりに凄惨な怪我を目の当たりにすることでフェオが精神的に痛手を被ることを恐れていたのだ。しかしあの急使の様子から察するに、さらに怪我の程度がひどい兵がいたことは想像に難くない。とすると、今日までの間に命を落とした可能性もある。そう考えると好都合という言葉を肯定してしまったことを後悔した。
「果たして、いかほどの物でしょうか」
リドニアもこの時ばかりは興味をそそられているようだ。
フェオの希望で、治癒はフェオを別室に待機させそこへ患者を一人ずつ通す形式で行うことになった。フェオからすれば誰かが見ていたからといって技術を盗まれるわけではないが、こちらとしても見ることが出来ないからといって不利益になるようなこともない。とにかく傷病兵が立ち所に回復するというのであれば、ルディオスはもとより、リーデンもリドニアもとやかく言うことは無かった。
ルディオス達のいるこの会議室からはフェオの様子も順を待つ傷病兵の様子も伺い知ることは出来ない。そこへ召使いが入ってきて「一人、治癒が終わったそうです。状態を御覧になりますか」と告げた。
三人は顔を見合わせた。通常の魔術師ならば、まだ術具の支度を整えるほどの時間しか経っていない。
「それでは、見せてもらうか」
控室では駐屯地から同行してきた軍医が治癒を受けたと思しき兵を検分していた。
「どうじゃ」
リーデンの問いかけに軍医は首を横に振ったので、まだ治療の必要があるかと思われた。
しかし軍医は「いや、まったく信じられません。あれほどの傷がこれだけの早さで、しかも跡も残らず治るとは・・・・・・」と続けた。
「どれほどの怪我だったのだ」
「左肩に刀傷が二ヶ所、左前腕に骨折が一ヶ所と、右脇腹に矢による傷が一ヶ所です。臓器に影響が残る可能性もあったのですが、私の見たところまったく異常がありません」
兵の様子を見ると確かに傷一つ無く、出征前に身体検査を受けたばかりも同然の肉体だ。これでは今朝方傷病兵として城に戻ってきたと言っても信じる者はいないだろう。
そう話をしているうちにも新たな兵が戻ってきた。軍医は目をみはった。
「あの者はどうした」
「背中にかなりの深さの刀傷があり、足の腱も断たれていたはずです。まだ歩けるはずはありません」
腱を傷めたなら、どれほど優れた医術と魔術を併用しても全快に数日は必要だ。
「本物だ・・・・・・」
驚嘆したようにリドニアが呟いた。




