第四十六回
「まだ、目は覚めぬのか」
ニイドの言葉に母親は頷き、父親は「医者は、覚悟しておくようにと……」と拳を震わせた。
「儂の不行き届きでこのようなことになってしまい、誠に申し訳ない」
ニイドのの言葉に母親は弾かれたように顔を上げた。
「いいえ! すべて私達の責任です。賢者様がいなければ、村はどうなっていたことか。ああ、こんなことになるならあのときセヴェラではなくこの子を……タウラはあれほど苦しんでいたのに……」
「セヴェラ?」
聞いたことのない名だ。ラドが思わず問い返すと、母親ははっとしたような顔をすると再び俯いてしまった。父親も、そしてニイドも険しい顔をしている。
戸惑いながらも、ラドはそのまま黙り込むしかなかった。
「また明日来る」
ニイドはそう告げると戸口へ向かった。ラドも慌てて後を追う。
それからニイドが口を開いたのは人通りの多いところに出てからであった。話し声は雑踏でかき消されそうになったが、それを意図しているのだろう。
「あの場所を知っているのは、デュマルと一部の者だけだ。口外してはならぬ。村の者でも、たとえ政府の人間であってもな」
なぜ、ひた隠しにするのだろう。口に出して問うまでもなく、「村人の中にはエオーを恨む者もいるだろう。それに、禁忌を犯した魔導師がどのように見られるか……わかるな」とニイドは付け加えた。
いまやエオーはお尋ね者なのだ。それでなくともこの出来事を快く思わない者達に両親ともども襲撃を受けてもおかしくはない。
「はい」
エオーの話が出たからには、ラドのほうから話を聞いても大丈夫だろう。
「エオーは、どうなるんですか」と思い切って聞いてみた。
やや間があったが、「エオーを儂の門下に置いておくことは出来ぬ」と答えがあった。
無理もない。何しろ禁忌を犯してしまったのだから、破門は免れられない。他の魔導師に教えを請うたとしても門戸を閉ざされてしまうだろう。
「いずれにせよ、今は回復を待つしかあるまい」
しかし、あの火傷は癒えるものなのだろうか。ラドは疑問に思ったが口に出すことはためらわれた。もっともニイドのほうも、治癒を確信しているわけではなく、あくまでも期待を込めた意味で言っているのかもしれない。
次の日も、そのまた次の日もニイドは決まって日中姿を消した。しかし、その度に険しい顔をして戻ってくる。やはり回復が見られないのだろう。
それから数日が過ぎたある日のこと、昼食のため一階に皆が降りていると「わあ、お馬さんだ!」と一人の子どもが声をあげた。
「馬? どこに?」
「ほら、あれだよ!」
窓の向こう、子どもが指さした先には、緊張した面持ちのデュマルと、見慣れぬ衣を纏いそれぞれ馬に乗った二人の男がいる。わざわざ名乗られなくともそれが誰であるかは皆が察した。イス国の遣いだ。
村人たちの間にさっと緊張が走った。
「みんな、ここにいなさい」
大人たちにそう諭された子ども達は「えーっ、つまんないの」と口々に文句を言ったが、それでも無理に着いてくるようなことはしなかった。
ラドも大人たちの後に続いて外へ出る。
それを待っていたかのようにデュマルが「すみません、僕もついさっき話を聞かされたばかりで……」と口を開いたが、それをかき消すように、「我々は、イス国の使者である。過日、我が国に攻撃をおこなった魔導師はこちらにいるか」と遣いが声を張り上げた。
遣いはそのままこちらを一人一人ねめ回したが、何しろ村人達はその居場所を知らない。皆、視線を逸らすばかりだ。
そのとき、「儂が案内しよう」とニイドが前へ進み出た。




