第四十四回
二人が外へ出てみると、民衆達は静まり返っている。皆の視線は自分よりもフェオに、それも普段自分が受けるものとは異なる趣を持って集まっていることをルディオスは感じ取った。
サルテオとの国境側は領土拡張を始める前からイス国に属している。距離の近さもあり、サルテオの民と城に避難しているイスの民は外見に大きな違いはない。
しかしフェオは異国の民、またルディオスの妃となる身でもある。それでだけも耳目を引く理由としては充分だが、フェオの持つ能力のこともある。
現時点では王室から国民へは一切通知をしていない。その意味では皆にとってフェオはただの異国の少女であるはずだ。にもかかわらず、どこからともなくその能力について話が広まっている。
フェオ自身はそれを知ってか知らずか、あたりを見回すでもなくただ前だけを見ている。
そんなとき、「なーんだ、もっとお耳やお鼻がぐーって尖って、魔女みたいだと思った」というごく幼い子どもの声が耳に入ってきた。目をやると母親らしき女性が慌てた様子で男児の口を押さえている。
気を悪くしたのではないか。これまでフェオが怒りを表に出すことは目にしたことが無かったが、さすがに耐えかねたとしても不思議はない。ルディオスは声をかけようとしたが、それよりも先にフェオは声の主の元へ歩いていった。
フェオは子どもと目線を合わせるように屈み込んだ。
「ねえ、私が魔女に見える? 怖い?」
男児は首を横に振る。
「そう? よかった。もし魔女だって思われてみんなに嫌われてたらどうしようって、心配していたの」
母親はフェオが立腹していたわけではないらしいと見てとったのか、ほっとした様子だ。彼も気まずさを感じたのだろう。
「・・・・・・ごめんなさい」
「きみ、名前は?」
「ルキ」
「そう。ねえルキ君、私ね、この国のことをもっとよく知りたいの。だから教えてくれるかな。ルキ君はどこから来たの?」
「ソキタ村」
「ここから遠い?」
「うん、いっぱい歩いた」
「そう、えらかったわね。ソキタ村ってどんなところ?」
「うーんと・・・・・・」
ルキは言葉に詰まってしまった。
「あのね、牛さんがいっぱいいるの!」
代わりに別の女児が答えた。見たところ年齢はルキとさして変わらない。
「馬もいっぱいいるんだよ」
今度はまた別の男児が話の輪に入り込んできた。堰を切ったかのように子どもたちが周りに集まってくる。
その母親と思しき女性達が「これ、失礼だよ」「申し訳ありません」と止めに入るが、フェオはただ微笑んで「かまいません」と首を横に振ると、そのまま子ども達の相手を続けた。
それまでフェオ自身が口に出すことはなかったが、魔女と呼ばれ民衆から忌み嫌われることを案じていたというのは本心だっただろう。民衆にしても、どのように接するべきか測りかねていたに違いない。双方の疑心と不安が解消したことにルディオスは安堵した。
そんな折り、ミドシムが「ルディオス様」と耳打ちをしてきた。
「何事か」
ミドシムは無言でフェオと別の方向をそっと指し示した。目をやると、人だかりの外れでやや年嵩の男が忌々しげにフェオを見ている。
「あれがそうか」
ミドシムが頷いた。
「アラスにございます」
「所持品は」
「入城時に全員を調べております。武器になるものは持っておりません」
「そうか」
ルディオスはフェオに視線を戻した。おそらく何も気づいていないのだろう、変わらず子ども達と、そしてその母親達と会話を続けている。アラスからは距離が離れており、手を伸ばせば届く距離のところに護衛をつけている。今は心配ないだろう。
そして、再びアラスを見た。その視線はフェオを見ているようではあるが、時折子どもや母親にも向けられている。そのときだけは、どこか憂いを帯びているようにも感じられた。




