第三十九回
日が暮れる前に一行は次の村へ辿り着き、翌日の昼過ぎには都から遣わされた馬車と合流することができた。
子ども達はみな目を輝かせている。何しろ村にいた馬といえばずんぐりとした青毛か栗毛色のものばかりだったのが、馬車を引く馬達はすらりと長い足を持ち毛色も白や淡い灰色など実に様々だ。
馬を見てもそれだけのはしゃぎようなのだから、馬車ともなればなおのことだ。丹念に磨き上げられた金属製の車輪に轡、はては鞭や帽子を身に付けた御者までもを子ども達が取り囲み、大人たちはそれを引き離すのに苦労させられた。
さすがに一台の馬車に村人全員を乗せることは出来ないため数人ずつに分かれることになり、家族が別々の馬車に乗ることがないよう配慮されたが、家族のいないラドは他の家族と相乗りするよう促された。
普段は気づかない小さな石やごく浅い窪を踏む度、馬車はひっきりなしに揺れる。それを気にかけることもなく興奮冷めやらない様子で話し続ける子ども達をよそに、ラドはただぼんやりと車窓からの景色を眺めていた。気のせいか景色の流れが徐々に緩やかになっていく。だがそのうち本当に馬車は止まってしまった。
「どうしたの?」
若い母親が不安げに夫に問いかける。
「様子を見てくる。待っていなさい」
夫に続き、ラドも外へ出た。見ると前を走る馬車から数人の子どもが降ろされ、ぐったりと座り込んでいる。その横には親と村医者、それとニイドが付き添っていた。
「どうしたんですか」とニイドに問いかけてみると、「急に気分の悪くなった者が何人か出ていてな、医師殿に診てもらっておる」とのことだった。症状が軽いものであれば医者による治療を施しつつ患者の回復力に委ねるのが通例だが、急を要する場合や原因が特定できないがとにかく症状を抑えなければならないような場合は回復魔法で補助的に処置をすることもある。
自分も手伝いを、と申し出ようとしたが思いとどまった。今のラドには魔法を使うことができないのだ。
「心配ありません。馬車に乗り慣れていないとよくあることです」
村医者の言葉に親たちは安堵の表情を見せた。
「できるだけ小さな物や手元にある物は見ないようにするんだよ。窓の外を見るか、目をつぶるんだ。もし眠くなったら眠ってしまうのが一番いいよ」
子ども達はぐったりしたままではあったが確かに頷いた。
一団がそれぞれの馬車に戻っていくと、ほどなく旅は再開された。
ラドは相変わらず外を眺めていたが、ふいに「ねえ、エオーと戦ったんでしょ?」と声をかけられた。振り向いてみると、声の主は共にニイドの下で魔術を学ぶ、十近く年下の子どもだ。ラドは思わず顔を背けたが、相手はかまわず上着の裾を引いてくる。
「・・・・・・ああ」
そう答えるのがやっとだった。
「どうやって倒したの? 火の魔法? 水? 雷?」
その表情は無邪気そのものだ。ラドはもう一度顔を背けた。
「ねえったらぁ」
「もう、お止め」
母親が半ば無理矢理に抱き寄せるようにして子どもを引き離すと、申し訳なさそうにこちらに向かって軽く頭を下げた。子どもは不満そうに母親の顔を見上げていたが、押さえ込む母親の手には筋が浮いているのを見てとることができる。
遠く離れた地へ赴き、見事に敵を倒し、英雄達は故郷へと凱旋する。そんな冒険譚を聞いては、幼い頃のラドは胸を踊らせていた。あの子どももラドのしたことを同じようにとらえているのだろう。確かにニイドから直接の命を受けるというだけでもラド達にとっては非常に名誉なことである。それを見事成し遂げたともなれば尚更だ。しかしラドの脳裏に浮かぶのは大鷲の背から見下ろした一面の焦土やエオーが負ったひどい火傷ばかりで、達成感や誇りというようなものは一切感じることができない。
ラドはどこにもぶつけようのない思いを抱えていた。




