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第三十八回

 翌朝、背中の痛みでラドは目を覚ました。一瞬あの洞窟をぼんやりと思い出したが、そんなはずはないとすぐに思い直す。何しろ目に入った天井は白く滑らかだ。

 そこでふいにラドは自分の置かれた状況を思い出した。ここは隣の村の宿屋だ。急に多人数で押し掛ける形になってしまったため寝台の数が足りず、女性と乳飲み子や幼子、それに老人を除いたくじ引きでラドをはじめ数人が床に雑魚寝することになったのだ。

 わずかに鎧戸から外の光が入っていたが、朝にしては暗い。間もなく夜が明けるのだろう。

 詳しいことは聞かされていなかったが、今後もずっとここに留まり続けるわけではないだろう。これからどうなるのだろうか。不安というよりも、ただ見当が付かなかった。

 どうという考えもなくラドは上体を起こした。部屋の中で他に誰かが目を覚ましている気配はない。だが、ニイドとフェオの父、それと村長が寝ていたはずの寝台が空になっている。そのときになって初めてラドは部屋の扉がほんの僅かに開き、そこから細く光が射し込んでいることに気が付いた。耳をそばだてると微かに話し声も聞こえてくる。ラドは周りを起こさぬようにそっと扉へ近づいた。

「それで、都のほうは何と」

「エオーを送ってきた際に話をつけてございます。御心配召されぬよう」

「結局村が無くなる形になってしまった。村長殿にも皆に対しても、何と詫びればよいか・・・・・・」

「何を言う、ギューフ殿には何一つ責任はござらぬ」

 自分が聞くべきではなかっただろうか。ラドはこっそり床へ戻ろうとしたが、ニイドは気が付いてしまったようだ。「ラド、どうした」と声をかけられた。

「目が覚めてしまって・・・・・・」

「無理もない。床の上では寝苦しかったろう」

 村長の言葉に続けて、「そうだった、あれだけの大仕事を任せた後にあの扱いで、すまなかったな」とニイドが続けたが、ラドは「いえ」と答えた。

 実のところラドがくじ引きに入らずに済むようニイドが便宜を図ろうとしてくれたのだが、ラドが断ったのだ。

「もう夜明けまであまり間がないが、それまで儂の寝台を使うといい」

「え、でも先生は・・・・・・」

「儂らはまだ話をせねばならぬ。今日も歩かねばならないからな。少しでも体を休めておくように」

「わかりました」

 この時間からまた寝付けるとは思っていなかったが、ニイドの言葉に甘えて寝台を借りてみるとすぐに眠りに落ちたらしい。次に気が付いたのは、ニイドに起こされたときだった。

 朝食を済ませると早々に一行は宿屋を後にした。しかし一行の中には生まれて間もない赤子を抱いた母親もいれば、歩くために杖が手放せない老人もいる。幾人かは隣村に居住していた知人や親類を頼って留まったが、ラドのように体力のある者達ばかりが残ったわけではない。最初は旅行気分で素直に歩いてきた幼子も次第に疲れを訴えるようになってきた。都まではかなりの距離だと聞いてはいたが、果たして全員が持ちこたえられるだろうか。

「先生、都まではまだかかるんですか」

 ラドの問いに対してニイドは、「なに、心配は要らぬ」と答えると村長に目配せをした。それに気づいた村長は手を叩いた。屋外とはいえその音はよく響く。たちまち皆の耳目はそちらに引き付けられ、子どもの愚図る声もぴたりと止んだ。

「皆には昨日から負担を強いてすまない。だが、すでに都に迎えの馬車を出してもらうよう手配をしてある」

 この報せに老人は安堵の表情を浮かべ、子ども達は色めき立った。馬は村でも珍しくないが専ら犂を引かせるために使うばかりであり、馬車に乗って遠出をする者もほぼ無い。そのため、馬車に乗ることも見ることも初めてなのだ。

「さっきの村で待つことができれば良かったのだが、これほどの人数での連泊は宿屋のほうでも支度が整わなかったのだ。このまま進めば明日か遅くとも明後日には合流できるはずだ。どうかそれまで辛抱して欲しい」

 一刻も早く馬車を見たいのか、つい今し方まで地面に座り込み駄々をこねていた子どもも母親の手を引いて先を急ぎ始め、皆が先ほどまでとは打って変わって心なしか軽い足取りで歩みを進めた。

 これなら揃って都まで辿り着くことができるだろう。ラドも皆に合わせて再び歩き始めた。


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