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第三十七回

「我が父である先代国王のリーデンが逝去したこと、そして国境付近より火災が広がりつつあることは皆知ってのとおりだ」

 国民達は神妙にこちらを見ている。

「この一連の出来事に関して、奇妙な噂が流れているとも聞いている。皆が不安に思うのも無理はない。しかし、これは祟りなどではない。偶さかに不幸な出来事が重なっただけのことだ。そして、国を治める立場の者として私から皆に伝えねばならないことが二つある。まず、アデネイアとの和平合意が成立したことを、ここに宣言する」

 どよめきが起こり、すぐにそれは歓喜の声に変わった。涙を流す者、まだ言葉もわからぬであろう赤ん坊に笑顔で語りかける者。万歳、という声も耳に入る。

 ここで話を終えることができるならばどれほど良かっただろうか。

「そしてもう一つ」

 再びその場が静まり返るのを待ち、ルディオスは続けた。

「皆が避難を余儀なくされた火災についてである。これは皆にとって辛い話となるだろう。だが、落ち着いて聞いて欲しい。実はこの件はただの火災ではない。この火災は、サルテオの魔術師によるものである」

 あたりにざわめきが起こったが、

「ただし、新たな戦が起こる心配はない。現に攻め入ってきたのはサルテオが擁する軍ではなくたったの一名の魔術師であり、その者もサルテオから来た別の魔術師がすでに連れ帰っている」

 と聞くと、安堵した表情を見せる者も居た。

「被害を受けているのは我が国だけではない。サルテオ側も同様に延焼を続けている。詳細は今後調査していくが、魔術師自身も自らの技が何であるかを心得ぬまま独断で行動した可能性が高い。その技について、我々は一つの推測を立てている。この中でギズデムニアの戦禍について聞いたことのある者はいるか」

 民の中に知った様子を見せる者はいなかったが、無理もない。辺境の土地ともなれば、中央と比べ文学に触れる機会は格段に少なくなる。しかもここに居る者の多くは貧しい農民だ。字を読むことのできる者も限られているだろう。

「ギズデムニアの戦禍とは、ある伝承だ。遙か昔に起きた戦で一人の魔術師が炎を上げずに地を焼き尽くす魔術を編み出し敵陣を撤退させたが、最後には魔術師自身もその術により命を落としたとされている。しかし、風でも水でも地を焼き尽くす勢いを衰えさせることはできず、魔術師の故郷も焼き尽くされたという。そして、この火災もその魔術によって引き起こされた可能性が高い」

 再び民衆の間にざわめきが広がった。

「それでは、村は・・・村は、どうなるのですか」

 どこかの村の長であろう、禿頭に山羊髭をたくわえた男が震えながらもよく響く声を上げた。

「今日では他国も含めて焼け続けている土地は見られない。それにもし延焼が永久に続くものであるならば、人も国もすべてが滅び伝承も残らなかったであろう。しかし、いつまで続くのかはギズデムニアの戦禍にもはっきりとした記載はない。数日で収まることも有り得る。しかし、一年、十年、それよりも長くかかる恐れもある。最悪の場合は、戻れなくなる覚悟をしておいてほしい」

 その言葉に泣き崩れる者もいる一方で声を荒らげる者もいた。

「元はといえば、王族がサルテオから嫁を迎えたりするからじゃないのか?」

「そうか、きっとまた戦争を起こすと言ってサルテオを脅して無理矢理連れてきたんだ!」

「こんなときに、弟君のほうはどうした!」

 リドニアの話を出され、ルディオスは言葉に詰まった。それを後ろめたさによるものと思いこんだのか、「そうだ、ここへ連れてこい!」と叫ぶ者が現れ、たちまちのうちにざわめきは怒号へ変わっていく。ルディオスは焦りを覚えた。事態を収めなければ。しかし、言葉が出てこない。

 そのとき隣に付いていた家臣が手を打ち鳴らし「静粛に!」と声を発した。リーデンよりも年嵩である彼の声は低いながらも良く通る。民衆の声はぴたりと止んだ。

 そこでルディオスはなんとか平静を装い、「リドニアは、和平交渉の関係でアデネイアにいる。しばらく待ってもらいたい」と答えた。民衆もそれを信じたのだろう。それ以上は何も言わなかった。

「皆には不自由をかけてすまない。今後は魔術師の身柄の引き渡しと沈静方法の共同研究についてサルテオと交渉する予定だ。魔術師も我が国との国境付近の出身と見られているため、都を目指して村ごと避難している可能性があるため、サルテオの都へ遣いをやっている。皆には不自由をかけて申し訳ないが、戦の終わった今、私としても一日も早く皆が安寧に暮らせるようにしたい。そのために成し得る限りのことをしよう」

 と話を結んだ。

 室内へ戻ったルディオスに、「ルディオス様、見事な演説でいらっしゃいました」とあの家臣が述べた。

 もしあのとき彼が声を上げていなければ、民衆達の間に更なる混乱と不安が生まれていただろう。

「・・・ミドシム、ありがとう」

 ミドシムは恭しく頭を垂れた。


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