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第三十六回

 サルテオに遣いをやったものの、直接国境へ踏み込むことはできないため迂回せざるを得ない。その分どうしても報告を受けるのは遅くなる。不安に苛まれるフェオの辛さはルディオスにも痛いほどわかっていたが、かといって目新しい情報もないままに大丈夫だと言い続けるのは逆効果だろう。どうにもしてやれないことが心苦しかった。

 ただし、良い報せもあった。アデネイア側がこちらの提示した条件で和平に応じたのだ。

 それを一刻も早く伝えるべく、ルディオスはフェオの部屋へ赴いた。

 部屋へ入ると、フェオはこちらをじっと見つめている。今日こそはサルテオの状況が聞けるのではないかと期待していることは、何も言わずとも判る。

「・・・・・・すまないが、サルテオの情報はまだ何もつかめていない」

 フェオは目を伏せた。和平交渉の結果だけを伝えることもできたが、まずサルテオの話をしなければ話をしても上の空になってしまうだろう。

「だが、一つ良い報せがあるのだよ」

 フェオは顔を上げた。

「アデネイアと和平交渉が成立することになった」

 その言葉に、フェオは笑顔を見せた。果たして何日ぶりのことだろう。それはルディオスにとっても大きな安らぎであった。

「では、争いが終わるのですね」

「そうだ」

 その言葉を聞いてしばらくした後、フェオは何かを思い出したかのような表情を見せると一転して顔を曇らせた。

「どうした」

「帰還する兵の中には、サルテオとの国境付近出身の方もいるのですよね」

「・・・・・・そうだ」

 その言葉の意味するところはわざわざ聞くまでもない。望まぬ争いに駆り出され、死の恐怖にさらされ、やっとそこから解放されても、帰るべき故郷はすでに無い。

 それがどれほど兵士の心を苛むかは想像に難くない。

 しばらくの間、沈黙が続いた。

「いまは私達ができることを考えよう。国境付近のことは、時間に任せるしかない」

 それはフェオにだけではなく、ルディオス自身に向けての言葉だった。リーデン亡きいま、自分は一国を統べる立場だというのに何一つとして為す術がない。そのことがこの上なく歯痒かった。

 そして、国民にもこのことを伝えねばならない。戦争終結はみな喜ぶだろうが、だからといって故郷を失う埋め合わせとはなり得ない。ルディオスはこの事態をどのように国民へ伝えるかはまだ決めかねていた。どれほど言葉を選んだところで失望は免れない。それでもできる限りの配慮は必要だ。しかし、いったい何をすればよいのか。これまで幾度となくいずれは国を統べる者としての心構えを説かれてきたルディオスではあったが、やはりその前夜はなかなか寝付くことができなかった。

 その日の朝も、いつもと同じように明けた。

「国民の様子はどうだ」

「変わりはございません。疲労はみられますが、暴動を起こす気配はないようです。すでにルディオス様より直々に御言葉をかける旨、伝えてございます」

「・・・・・・そうか」

 ルディオスは瞼を閉じた。果たして彼らはどのような反応を見せるだろうか。戦争の終結に安堵するか、やはりそれよりも故郷を失う悲嘆が勝るのだろうか。

「ルディオス様」

 家臣の声にルディオスは目を開けた。どちらにしても真実を伝える責務を負っているのだ。

「出よう」

 ルディオスの言葉に、窓維が引かれた。

 朝日が目に差し込む。ルディオスはいっとき目を細めたが、窓が開かれたのを見てとると歩みを進め、陽の当たる場所へと出て行った。

 露台からは庭を一望することができる。杖をつく年老いた男性、羽織った肩掛けを引き絞るように胸の前で握りしめる老婆、幼子を抱き不安そうにこちらを見上げる若い女性。実に多くの人間がそこにはひしめいていた。

 その中で、若い男性の姿はほとんど見られない。理由はルディオスにもよく判っていた。望むと望まざるとにかかわらず、みな兵士として戦地に送り込んだためだ。言うなれば、ルディオスを含む王族にその責任があるのだ。

「これより、ルディオス殿下から御言葉をいただく。皆、心して聞くように」

 大臣の露払いに続き、ルディオスは口を開いた。


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