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第三十五回

 その後、延焼の間隔も間遠になるとともに一度当たりで拡大する範囲が狭まり始め、追加の避難指示は見合わせられた。

 一方、トイオラ村のアラスも城の人間に対して警戒心を解かない素振りは続けているものの、表立って謀反を企てているような動きを見せることはなかった。

 フェオも翌日にはすっかり体調が回復し、事態は収束し始めたかのように思われたが、幾日も経たないうちに新たな火種が持ち上がった。

「土地に戻れないことに対して、国民から不満が出ております」と報告があった。

 無理もないことだ。仮に火事で何もかもが焼けてしまったとしても、他の土地に移るよりも故郷に戻って一刻も早く再建に取りかかる方を選ぶ者は少なくないだろう。しかし、今回は普通の火事ではない。熱を放ち続ける焦土に町や村を作るなど到底不可能だ。

 さらに国民の不安を示す報告はその後も続いた。

「妙な噂が流れているようです」

「何事だ」

「この一件が、祟りなのではないかと」

「祟り?」

「はい、先だってリーデン様が崩御され、間を置かずに火災が起こるなど、これまでの戦争で犠牲になった者の祟りに違いないという者がいるようです」

 リーデンの死は病によるものであり、焦土はサルテオの魔術師の仕業だ。祟りなどではない。しかしそれは、自分たちが事実を知っているからこそ判断できているのだ。

「民にも伝えたほうがよいのではないでしょうか。サルテオにも同様の被害が出ていることを伝えれば、フェオ様が疑われることも避けられましょう」

 発言したのは一人の若い家臣であったが、それに合わせて複数人が頷いた。

 フェオに対しても民衆に対しても、いつまでも隠し通せるものではない。しかし、噂として妙な尾鰭が付いた形でフェオの耳に入ることは避けたかった。

「わかった。至急、説明内容について、案をまとめよ。ただしその前に、私からフェオに話しておく。民衆に伝えるのはその後だ。・・・・・・しばらくの間頼む」

 年長の家臣に議事を任せると、ルディオスはフェオの部屋へ向かった。

 いつかは伝えなければならなかったことだ。それはルディオスにもよくわかっていた。とはいえ足取りは重くなる。

 いつものように扉を叩いて来訪を告げると、フェオはすぐさま部屋へ通してくれた。

 見たところ、顔色は良い。しかし、事実を知ればまた倒れてしまいかねない。どのように伝えればよいのだろうか。考えあぐねていると、フェオのほうから「負傷兵の治療なら、いつでもできます」と言ってきた。

「いや、そうではない。・・・・・・フェオ、落ち着いて聞いてくれ」

 フェオは怪訝な顔をしている。

「焦土が広がりつつあることは以前話したとおりだ。その焦土だが、ただの火事ではない。当分の間は炎と同じほどの熱を保ち続けるだろう。被害にあった町村の再建は難しい。それと・・・・・・」

 ここまではまだよい。重要なのはこのあとだ。掌が汗ばむのをルディオス自身も感じられる。それでも、国王たるものは耐え難い事柄から目を背けてはならないと教えられてきたのだ。ルディオスは意を決して先を続けた。

「おそらく、サルテオでも同じ被害に見舞われている」

 フェオの表情に変化は見られなかったのはほんの束の間のことで、やがて足を掬われたかのようにその場へへたり込んだ。ルディオスがリドニアの死の一報を受けたときにもすぐには事情が飲み込めなかった。それと同じことだ。かろうじて手や膝が床に着く前に、ルディオスはフェオの体を抱き留めた。

 ルディオスはフェオを寝台に座らせると、自分もその横に腰掛けた。このようなときに大丈夫かと尋ねるのは愚問だ。

 手を取ると、「フェオ」と声をかけた。答えは無かったが、ルディオスはそのまま言葉を続けた。

「だが、そなたの故郷の民も避難しているはずだ。あの時の・・・・・・ラドと言ったか。もし人家のある地域が直接被害を受けていたのであれば、彼がこちらに来る余裕はなかったはずだ」

 放心状態のようにも見えたが声は聞こえていたのだろう。フェオは微かに頷くと、「それで、サルテオは・・・・・・」と尋ねた。

「今、サルテオの都に遣いを出している。おそらく避難先として都を目指すだろう。何かわかればすぐに知らせる」

「はい、お願いします」

 フェオは細い肩を震わせている。ルディオスはそっとフェオを抱き寄せた。

 やがて、嗚咽が漏れ始めた。

 これまでも心細さを感じたり辛い思いをしていたことはあったはずだが、ルディオスの前でいつも気丈に振る舞おうとしていたことはルディオスにもわかっていた。それでも今回ばかりは耐え切れなかったのだろう。

 ルディオスはフェオの背中を撫でながら、「大丈夫だ」と声をかけた。


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