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第三十一回

 身まかる。

 その意味を、ルディオスは当然知っていた。しかし、手に受けた砂が指の隙間からこぼれ落ちていくように言葉が頭をすり抜けていく。事態を飲み込むためにはいくらか時間を要した。

「討たれたのか」

 早馬は首を横に振った。

「リドニア様が前線に御到着される前にサルテオより急襲の旨をお伝え申し上げました。リドニア様はこちらへ戻られようとなさいましたが、お急ぎのあまり石の多い急な傾斜を無理に下ろうとなさりその際に落馬されたのです。しばらくはそのままお変わりなく馬を駆っておいででしたが、急に意識を失われました」

 ルディオスもリドニアも幼い頃から乗馬の訓練を受けている。傾斜とはいえ地盤のしっかりした場所ならまだしも、石の多い場所では馬が足を取られかねないことなど容易に想像がつくはずだ。さらに言うなら落馬が命取りになりうることも、万一落馬した場合その場では異変が見られずとも後々容態が急変することがあるということも知らないはずがない。

 よほど急いで城に戻ろうとしたのか、それともフェオの治療を当てにして怪我を甘く見ていたのか。

「愚か者めが・・・・・・」

 ルディオスはその場にあった椅子に腰を下ろした。いや、たまたまくずおれたところに椅子があっただけのことだ。そしてそのまま両手で頭を抱え込んだ。

「ルディオス様」

 幾人かの家臣が声をかけてきたが、ルディオスはそれを片手で制した。今は悲嘆に暮れている場合ではない。

 ルディオスは顔を上げると、「この件は当面の間極秘とする」と指示を出した。これまでのごく短い間にリーデンが亡くなり、国土は焦土と化し、さらにはリドニアまでもが亡くなった。いま国民に知られては、不安を掻き立てるだけだ。

「リドニアは馬車で連れて帰れ。できるだけ目立たぬようにだ。馬車も通常のものを使え」

 通常、王族の遺体を運搬する際には専用の馬車を使う。しかしそれでは王家に不幸があったことを悟られてしまう。

「しかし、庭の一部はすでに民衆が仮住まいを始めております」

「裏口を通すしかあるまい」

 それは苦渋の決断だった。いくら謀反を起こした挙げ句に勇み足で命を落としたとはいえ、王族であり、血を分けた弟だ。こそこそと裏口を通されるなど、リドニアにしてみればこの上なく屈辱的に違いない。それでも、いまは更なる混乱を招くことだけは避けたい。

「ツルフサギンニチソウの花を集めてくれ」

 リドニアの好んでいた花だ。それが兄として最後にしてやれる、せめてものの気遣いだ。

 すでに夜半を過ぎ、夜明けを迎えようとしていた。普通なら床についている時刻だ。おそらくフェオも休んでいるだろう。起こしてでも今すぐ伝えるべきだろうか。

 少し思案したがフェオを呼びに遣ると、大して時間もかからぬうちに姿を見せた。寝間着ではなく日中と同じ服を着ている。着替える間は無かったはずだ。

「起きていたのか」

「はい、救護に人手が必要になるかと思いまして」

 リドニアも、ひどい傷を負ったとしても、せめて命さえ残っていればその力で息を吹き返すことができただろう。だが、いまとなってはそれも叶わない。

「ルディオス様?」

 ルディオス自身は床に視線を落としていたためフェオの表情が見えていたわけでは無かったが、こちらを気遣っていることは声だけで充分感じ取ることができた。

 ルディオスは顔を上げると、「リドニアが死んだ。落馬だそうだ」と告げた。

 フェオは声こそ上げなかったが、目を見開いて両手で口元を押さえた。

「この件はしばらく伏せておく」

 フェオは頷くと、「・・・・・・いまは伝えても、不安を増すだけですね」と付け加えた。

 ルディオスは頷き返した。


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