第二十八回
火災であれ、敵の進軍であれ、過去にイス国が対処してきた事例はある。書物や長く城に勤める家臣の知識を借りて対処することは容易い。
とはいえ、今回はこれまでイス国が経験したこともない異質の力が相手だ。対処は困難を極めることをルディオスは覚悟していた。
ちょうどそのとき慌ただしく衛兵が入ってきた。
「屋上より通達にございます。焦土の範囲がさらに拡大したとのことです」
室内に緊張が走る。
「人的被害は出ているか」
「現時点では町村への到達は認められません。ですが、イス国の魔術師が負傷した模様です」
魔術師自身の身も焼きて
叙事詩の一説が思い起こされた。
「二人ともか?」
「いえ、先に進軍してきた魔術師のみです。その魔術師たちですが、後から来たほうが負傷した魔術師を連れてサルテオに引き揚げたとのことです」
それならば魔術師を討つ必要はない。くわえて新たに魔法が発動されない分だけ焦土が進出してくる速度も予測しやすくなる。
「もっとも国境に近い村に焦土が到達するまでは、あとどれほどかかる」
「これまでの経過からみますと、日没後にはトイオラ村に到達します」
トイオラ村は、すでに避難勧告を出した地域に含まれている。日が沈む前には避難を完了させられるだろう。
「では、明日の日の出までにはどこまで広がるか」
「少々お待ちください」
しばらく家臣は地図を見ながら計算していたが、ほどなく顔を上げて「オロキドスの郊外に当たります」と告げた。日が暮れてからの避難は難しくなるためその前に勧告を出そうとしてのことだったが、幸いにも現在避難勧告を出してあるサラディバネまではまだ余裕がある。
あとは、民を迎え入れる準備だ。
「兵舎の空き室を避難所として解放する。調度品に不足はないな」
「はい、いつでも受入が可能です」
元より兵舎は兵の帰還に備えて常に設備が整えられている。しかし、一つだけ問題があった。
「現在の空き室の数では、全ての民を収容できるとは思えませんが」
それは一人の若い家臣の進言であったが、まさしくそのとおりであった。
「中庭に天幕を張るのだ。各地域の宿舎も使えるよう、整えておけ」
「かしこまりました」
建造物と天幕では快適性に差が付いてしまうが、今後焦土がどこまで広がるかまったく予測できない。このまま際限なく広がり続ければ、避難勧告の対象地域をさらに広げざるを得ない。そうなれば兵舎に全員を収容することは不可能だ。仕方がない。
そのとき、「消火隊、第一陣の準備が整いました」と兵士が入ってきた。
「至急、出発せよ。日没前に被害状況の報告を送れ」
「御意」
『ギズデムニアの戦禍』が史実ではなく叙事詩として伝えられたのは、炎も上げずに一瞬で大地を焦土と化すという力が信じ難い故だろう。消火隊を組ませたとはいえ、水や砂や溝で果たしてどこまでの対処が出来るのか、そもそもそれが対処となるのか、まったく予測がつかない。それでも行動を起こすしかない。
さらに、イス国が抱えている問題はこれだけではない。元より戦時下なのだ。
「前線では、何か動きはあったか」
「リドニア様が向かわれた他は、特段の戦果や被害の報告は入っておりません」
「リドニアは、まだ戻らぬか」
「はい、やはり御帰還は明日になりましょう」
本来ならば、重要事項を決定する際にはリドニアも同席することが望ましい。しかし事態は急を要する。
ルディオスは改めて向き直ると、「これより我が国は、隣国アデネイアに対し和平交渉をはかる」と宣言した。年配者は「やむを得ませんな」と頷いたが、若年者は「それでは、これまでの苦労はどうなるのですか」「我が軍の勝利はすでに目前ではありませんか」と息巻いている。
「そうだ、目前だ。まだこちらが勝利したわけではない。勝利するためにはさらに国力を注がなければならん。だが、今は焦土の対応が最優先だ」
「しかし・・・・・・!」
「さもなければ、この国は焦土に飲まれ滅びかねない」
ルディオスの口調はあくまで冷静だった。だからこそ、その言葉は重みを増していた。もはや異を唱える者は一人もいなかった。
「おそらくアデネイア側はまだこちらの状況を知らぬだろう。気付かれぬうちにこちらから条件を提示するのだ」
もしも交戦中のアデネイアがサルテオと隣接していれば、イスが危機に立たされていることはすぐに知られていただろう。そうなればその機に乗じてアデネイアが逆襲を行い、一挙に形成を逆転される可能性もあった。だが幸いにもアデネイアはサルテオと正反対の方角だ。
さらに、今はリーデンが逝去した直後でもある。指導者の交代によって国策が変更されても何ら不思議はない。
「これより、和平交渉の条件を議題とする」




