第二十五回
妙なことに、フェオは屋上に連れてくる前よりも今のほうが力を失ってしまったようだ。そのため今度は少し強めに手を引く形で部屋まで戻ってくることになった。
ラド、と名を呼んでいたからには魔術師はフェオと認識がある者とみてよいだろう。やはり一部にフェオの件に賛同しかねる者がいたのだろうか。
そのとき、扉を叩く音がした。
「失礼いたします」
扉が開くと、書庫に行かせた二人の姿があった。
「どうだ、何かわかったことはあるか」
「歴史書と魔術書にはそれらしき記述はありません。ですが、叙事詩に気になるものがありました」
「叙事詩?」
「こちらがその写しです」
ロドナが差し出した書き付けには、次のように記されていた。
その昔
彼方の地にて戦は起こりぬ
地を埋め尽くすほどの敵軍に
人々涙にくれるのみ
そのとき故郷を守らんと
一人の魔術師現れぬ
彼は新たな術を産み
炎無くして地を焦がし
数多の敵を焼き尽くす
「これは・・・・・・」
その内容にルディオスは覚えがあった。「ギズデムニアの戦禍」だ。だが、今の今まで思い出しもしなかった。それというのも史学ではなく、文学史の一環として学んだものだからだ。
ただの御伽話に過ぎないと思っていた。しかし、今回の件と類似していることは確かだ。
ルディオスは書き付けを机に置くと、「誰か、女官を呼べ」と指示を出した。すぐに一人の家臣が呼び鈴を鳴らす。
その間にルディオスはフェオの傍らまで歩み寄って肩に手を置き、わずかに屈むようにしながらつとめて優しい声で呼び掛けた。
「フェオ」
フェオは声も出さずにゆっくりとルディオスの方へ顔を向けた。すっかり血の気が失せている。
「少し休んだ方がよい。女官を付き添わせるから、部屋へ戻れ」
フェオは消え入りそうな声で「はい」と答え軽く頷いた。そのときやってきた女官に付き添われ、フェオは部屋を出ていった。
扉が一分の隙無く閉まったのを見届けた上でルディオスは家臣達の方へ向き直り、静かに口を開いた。
「皆、落ち着いて聞いてほしい」
話を続ける前にルディオスは一呼吸置いた。
「知ってのとおり、サルテオ側の国境付近から領土が焼き討ちに遭っている。おそらく魔法の一種とみられるが、詳細な仕組みはまだわからない。先ほどまでサルテオから現れた二人目の魔術師が足止めになっていたが、杖を折られたとの情報がある。速やかに対処せねばならない。だが・・・・・・」
正直なところ、ルディオス自身にも認めがたいことではあった。しかし現実を見据えなければ対処はできない。意を決してルディオスは言葉を継いだ。
「一切の対処が効果を持たず、被害が城に拡大しないとは断言できない」
「しかし、それは考えすぎでは・・・・・・」
一部からは困惑したような声が上がった。国境まではかなり距離があるので、それはごく自然な反応だ。ルディオスはそれを遮るように「「ギズデムニアの戦禍」だ」と述べた。
若年者は古典文学として名前を知っている程度のようだが、年長者には読んだことがあるものもいたらしく、「まさか・・・・・・」とどよめきが起こった。
「私とてまだ信じられないが、今回のことと共通点はある。それに、炎も上げずに一瞬で大地を焦土と化すような術が他にあるか」
懐疑的だった家臣もそれを聞くと腕を組んで黙り込んでしまった。
「敵の魔術について一切の情報は極秘とする。この部屋にいる者、および前線に向かう者を除いて、城内に勤める者にも他言せぬように。外部には国境付近から火災が発生したものとして周知。まずは被害の拡大を食い止めることが最優先事項とする。魔術師に対しては接近戦を避ける。弓矢と砲術、魔術を中心に隊を組ませよ。焦土の拡大については通常の火災と同じ方法で対処する。至急、消化隊を組織せよ。また、避難勧告の対象範囲をサラディバネまで拡大する。伝令を出せ」
「御意」
各人が職務にあたり始める中、一人の年長の家臣がルディオスにそっと近づき、次のように尋ねた。
「フェオ様にはどのように伝えるおつもりですか」
そのことはルディオス自身も頭を悩ませていたが、ひとまず「フェオには、折を見て私が直接伝えよう」と答えるしかなかった。
ギズデムニアの戦禍が史実として伝わらなかったことは、ある点で幸運でもあった。もし歴史書に記されていれば、あのときフェオが目にしてしまっていたかもしれない。
実はフェオを部屋に戻らせたのは、単に体調を慮ってのことではなかった。フェオが叙事詩の存在を知れば、十中八九それを紐解くだろう。それはあまりに酷なのだ。なぜなら、叙事詩はこのように続く。
しかしその術
水にも風にも衰えず
魔術師自身の身も焼きて
やがてついには
その故郷をも飲み込まん




