第二十回
国境に置いた検問所と、そこに常駐させている警護がたった一人の魔術師に破られるなど、俄に信じられることではない。
「どういうことだ」
「詳しいことは私どもにも判りかねます。如何せん、国境からこちらに戻ってきた早馬がひどい火傷を負っていて話をするのもままならぬ状態でして」
「ならばフェオを牢から出せ。治療させる」
「しかし、フェオ様は・・・・・・」
「外部の人間と接触せぬよう、見張りをつけよ。まずは状況を把握することが先決だ。このままでは手が打てぬ。早馬を休ませている部屋に暖炉か窓はあるか」
「暖炉には板を打ち付けてあります。部屋は二階にありますので、窓からの侵入や逃亡も考えにくいとは思いますが」
「わかった。念のため、窓の下と部屋の前には兵を配置しておけ」
おそらく前回同様、フェオは治療に他の人間が同席することを拒むだろう。ルディオスもフェオが密偵だなどとは思っていないが、立場上何らかの対策を取らないわけにはいかないのだ。
その後間を置かずに、フェオが二人の兵に連れられて現れた。
「ルディオス様、お呼びですか」
「早馬が戻ってきたのだが、ひどい火傷で話を聞くことができないのだ。すまないが、手当を頼む」
「わかりました」
フェオが去っていくと、ルディオスは「フェオには、サルテオの侵略だとは報せていないであろうな」と尋ねた。
「御安心下さい。事情は伏せるよう伝えてあります」
そんな会話をしてほどなく、フェオが戻ってきた。
「早かったな。御苦労」
ルディオスが声をかけたものの、フェオは困惑した表情を浮かべている。
「どうした」
「治らないのです」
予想外の返答だ。
「火傷には効かぬのか」
「いえ、そのようなことはありません。ですが、あの火傷はまったく回復しないのです。このようなことは初めてで・・・・・・」
おそらくフェオはまだ何も気づいていないはずだ。早馬の負った火傷がサルテオからの侵略によるものだとは知る由もないだろう。従って、サルテオを優位に立たせるため故意に治療をおこなわなかったとは考えにくい。しかしそのように疑う者が出てこないとも限らない。自由に行動させると却って疑いを強めることにもなるだろう。かといって、再び牢に入れるのは気が進まない。ルディオスはひとまず部屋に籠もらせることにしようと考えた。
そのとき、部屋に兵が入ってきた。
「屋上の警護より伝達です。国境付近で火災が発生している模様」
早馬も火傷を負っていた。ということは、相手は炎属性に特化した攻撃を用いている。
「水属性の能力に秀でた魔術師を集めよ」
「ですが、おそらくそれでは対処しきれません。炎上が確認されたわけではありません」
「どういうことだ。詳しく話せ」
「警護の話では、炎は見られず突如地面が焦土と化したということです。さらにそれが一定の間隔を置いて範囲を広げているとのことです」
ルディオスは帝王学の一環として、戦術と数多くの魔法の特性に関しても修めている。しかし、そのような魔法は耳にしたことがない。さらにフェオでも治すことの出来ない火傷を負わせるほどの、何か強大な力なのだ。
「国境方面の町村に伝令を入れよ。一人でも多くの民を城内に避難させる」
「御意」
このときフェオはまだ部屋に残っていたため、このやりとりの一部始終を知られてしまった。もはやこうなっては事態を伏せておくこともできない。
「フェオ」
「はい」
「今の話は聞いていたな」
「はい」
「実は、国境というのは交戦中の国のものではない。サルテオだ。一人の魔術師が攻め入ってきたと報告があった」
フェオは叫びとも息漏れともつかない喉を軋ませたような声を漏らすとその場に頽れた。
それを助け起こす間もなく、部屋に新たな兵が入ってきた。
「屋上の警護より伝達です。サルテオの方面より新たな魔術師が現れたとのことです」
それは至極当然なことに思われた。いくら強大な力を持つ魔法を操るといえ、戦争を仕掛けてくる布陣が魔術師一人だけというのは考えにくい。
「至急、陣を敷け。その二人を迎え撃つ」
しかし、兵は予期せぬ言葉を続けた。
「それが、同士討ちを起こしているようです」




