第十八回
その昔、今では戦争とまったく無縁であったサルテオも異国からの攻撃を受けたことがあったという。圧倒的な敵の軍勢を前にして、百日も経たないうちにほとんどの国土が壊滅状態となってしまったそうだ。
そんな中、一人の魔術師が立ち上がった。もともと炎に関する攻撃系の魔術を得意としていた彼は、研究を重ね新たな魔術を編み出した。その威力は絶大で、十日で敵軍の駆逐に成功したという。
しかし、その魔術はあまりにも強大すぎた。
魔術師自身も意図しなかったことではあるが、術式をかけたあとにもその地は地揺れと延焼を繰り返し、大地は焦土と化したまま高温状態を保ち続けた。またその熱によって火傷をした者には回復する気配は見られなかった。当然そこには人が住むことも作物を植えることもままならず、人々はよりいっそう苦しめられることになったという。
幸運にも大地はやがて緑を芽吹かせる力を取り戻し、同じ頃には火傷も癒えていた。だが、それには非常に長い年月を要した。
その間に、自らの行いを悔いた魔術師自身は焦土に身を投げたという。
魔術師達の間ではこの悲劇を繰り返すまいと、その術式を賢者のみが知りうる秘匿とし禁忌を定めた。
「エオーがたまたま踏み崩したあの魔法陣は、その術式とよく似通っていたのだよ。組み上がっていなかったとはいえあれほど強大な魔力を持つものは、お前達にはまだまだ解けぬ」
あの魔法陣は、ほぼ元の形をとどめていなかった。別の術式として成立しかけたのは相当の偶然が重なったのだろう。そしてそれはニイドがすぐに消し去った。見ていたのはニイドとラド、そしてエオーだけだ。
「ここしばらくの火事は、エオーがあの術式が使えるものかどうかを試していたのだろう」
しかしラドにはまだわからないことがあった。
「でも、なぜエオーはそれを使ったんです? それに、あいつはいまどこに?」
「イス国王が亡くなったことは前に伝えたな。おそらくエオーも覚えていただろう」
「はい」
あのとき、エオーも話の聞こえる距離にいたはずだ。
「国に攻め入るのは、混乱が引き起こされたときのほうが効率がよい。例えば、指導者が倒れたときなどがな。イス国内からこの期に蜂起するものがあってもおかしくないとは思っていたが・・・・・・」
ふと、暗い予想がラドの胸をよぎった。
もし反乱が成功するようなことがあれば、王族は殺害されたとしてもおかしくない。フェオもだ。あのときニイドが険しい表情をしていたのは、このためだったのか。
「じゃあ、あいつはイス国に?」
「おそらく、そうだろう。ましてやサルテオからの侵攻となれば、フェオ殿に疑いがかけられることにもなりかねん」
止めなければ。
その一心で、ラドは戸外に飛び出した。
そのとき、またもや地揺れが起こった。しかし今度は先ほどよりも揺れが小さい。音のした方を見ると、森の向こうと思われるあたりから煙が上がっている。
森を抜けた先は、イス国の領土だ。
振り向くと、後に続いて出てきたニイドもまた煙をにらんでいた。
「先生・・・・・・」
「ついに、始まってしまったな。発動してしまった以上、儂にもあれを止めることは出来ぬ。出来ることといえば、魔法陣の周囲に時の進みを遅らせる結界を張って延焼を食い止める程度だ」
ニイドは向き直るとラドの肩に手をかけた。それは特命を下すことを示す所作でもある。ラドはそのままひざまずいた。
「ラド=アルテッシマ」
「はい」
「これより、エオー=ウルムスに向けて攻撃系の魔術を使用する許可を与える」
「はい」
「すまぬ。儂が始末をつけねばならぬのだが・・・・・・」
いかに強大な力を持つ魔術師でも、結界の力を永久に留めることは出来ない。そして、森に広がった火災を封じ込めるほどの大きな結界を張ることができるのはニイドだけだ。
「いえ、先生は結界を張って下さい。必ず、あいつを止めてきます」