第十七回
村へ戻ったラド達は、村人達への説明と火傷を負った門下生の手当に追われた。一様に不安げな顔をして訪ねてきた村人達も、ニイドが事の始末に当たっていると伝えると安堵の表情を浮かべて帰って行った。
しかし、火傷の手当は困難を極めた。通常ならば火傷は治癒系の魔法で事もなく治療することができる。にもかかわらず、いくら術式を繰り返しても治る気配は無かった。やむなく医師に治療を依頼したところで、ニイドが戻ってきた。その顔つきは険しい。
「先生、ウィルド達の火傷が・・・・・・」
ニイドは皆まで聞かずに片手を挙げて遮ると、「エオーは来ているか?」と問いかけた。
皆は互いに顔を見合わせた。エオーの姿はない。「いいえ」とラドは首を横に振った。
「では、誰か今日エオーの姿を見た者は?」
そう言えば、今日はエオーを見ていない。他の門下生も同様らしく、皆が首を横に振るか「いいえ」と答えるかだった。
「そうか」
ニイドはそう呟いたきり、床の一点を睨みつけるかのように凝視している。
やや間があって、ニイドが指示を出した。
「村の皆に、こう伝えてきなさい。今日のうちに、荷物をまとめて他の土地へ移る支度をするように」
「どういうことですか」と何人かはニイドに問い返したが、「何をしている、早く行かぬか」と有無を言わせぬニイドの態度に村へと向かった。ニイドがこのように人を無理矢理説き伏せて何かをさせるということは、例え自分より立場の弱いラド達門下生に対してでも無かったことだ。何か、途方もないことが起きている。互いに言葉を交わすことは無かったが、全員がそのことには気付き始めていた。
ラドも後に続こうとしたが、「ラドはここに残れ」と呼び止められた。
「こちらへ来なさい」と、ニイドはラドを家の中へ招き入れた。ラドを座らせると、扉はしっかりと閉ざされているにも関わらず、ニイドが密やかな声で話を始めた。
「前に、エオーがお前の魔法陣を踏み崩したことを覚えているか?」
ラドは即座に思い出した。
「はい」
同時に、魔法陣を解く作業をニイドにやらせてしまったことも思い出した。
「あのときは、すみませんでした」
ニイドは険しい表情のまま腕を組んで嘆息した。
「・・・・・・ああするしか無かったのだ」
やむを得ず術式の途中で魔法陣を解除する場合、その作業は術士本人が行うことが原則である。当然、解除方法は事前に指導されるのでラドが行うことも可能なはずだ。どういうことなのだろうか。
「ラド、魔術師を志す際に、禁忌とされる事柄を覚えているな」
「はい」
「言ってみよ」
「正当な理由無くして、同じく魔術を志す者に対し魔術を以て危害を加えることを禁ず、です」
ニイドは頷いた。
「そうだ。ではもう一つは何だ」
「師より教えられた術式以外は断じて使用せぬこと、です」
「そうだ」
ニイドは目を閉じると、重苦しげに言葉を続けた。
「エオーは、その禁忌を破ってしまったのだ」
そしてニイドは、代々「賢者」の名を継ぐ者に語り継がれてきた遙か古の出来事を話し始めた。