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第十四回

 その日、話があるとフェオは父に呼び出された。

 ギューフ家では主に怪我の程度が急を要する者の応急処置や、医者や魔術師にかかることのできない貧しい者の治療を引き受けている。普段は父が事に当たっていたのだが、落石か何かで父一人では手が足りないほどの怪我人が出たのだろうか。

「お父様」

 扉を叩き声をかけると、「フェオか、入りなさい」と応えがあった。

 部屋には母もいた。その母は、口元を押さえ嗚咽を漏らしている。フェオが入ってきたのを見ると「ああ、フェオ」と目元を拭って微笑んで見せたが、それもほんの数秒のことだった。

 父はそんな母の背中を撫でてなんとか宥め椅子に座らせると、やっとのことで口を開いた。

「実は、お前に縁談の話が来たのだよ」

「えっ?」

 思いもよらぬ話に、フェオは驚いた。しかし、すぐにこの状況が異様であることにも気がついた。娘の結婚話だというのに母はむせび泣き、父の表情は険しい。

「相手はどなたですか」

 しばらく腕組みをしたまま父は黙っていたが、やがて絞り出すように「イス国の王太子だ」と答えた。

 それは予想だにしない話だった。サルテオ国内に限って言えば、有力者との交流も少なくない。しかしイス国の王族、いやむしろ国外の人間とはこれまでまったく交流が無いのだ。

 さらに父は衝撃的な言葉を続けた。

「応じない場合は、武力行使も辞さないとのことだ」

「いったいなぜ・・・・・・」

 父は自らの手の平に視線を落とした。

「恐らくは、この力のせいだろう」

 臆測に過ぎないがと前置きした上で、父は次のようなことを述べた。イス国は軍事国家であり、今も戦時にあること。してみれば、ギューフ家の高い治癒能力は喉から手が出るほど手に入れたいものであろうこと。そのため、あくまでこの縁談は政略結婚である可能性が極めて高いこと。

「心配するな。役人にも話は通した。いま、人を集めている。みすみすお前をそのようなところへ遣りはせんよ」

 父はそう言ったが、その晩フェオは眠ることができなかった。輾転反側した挙げ句にやむなく寝台から起き出し、窓辺へと向かう。わずかに窓帷を開くと外の景色が見渡せた。満天の星空を背景に、目を凝らすと森や山の輪郭が影となって見て取れる。

 父は、役人に話を通して人を集めていると言った。国として一戦交えることになるのだろう。

 もし、本当にイス国と戦争になってしまったら。

 森も、山も、人々の家も、すべてが炎に包まれる様がフェオの脳裏をよぎった。強く首を振ったが、その光景は焼き付いたまま離れない。さらに、戦禍が人自体に及ぶことは間違いない。

「ラド・・・・・・」

 彼のことだ。義勇軍を結成するともなればまず真っ先に名乗りを上げるだろう。戦火をものともせず前線に立ち、危険も省みず戦いに身を投じる。

 そして・・・・・・。

 そこから先を考えたくはない。しかし、現実に起こりうる事態でもあった。

 フェオはそのまま両親の寝室へ向かった。扉の前に行き着いたところで二人とも寝ているかもしれないと思い当たったが、こうしている間にもイス国では着々と開戦の準備が整えられているかもしれず、それを思うと居ても立ってもいられなかった。

 ごく軽く扉を叩き、「お父様、お母様」とそっと声をかける。思いがけず、すぐに扉は開いた。両親も寝付けなかったのだろうか。

「フェオ、どうした」

 フェオは、「私は、イス国に嫁ぎます」と告げた。

 驚きの色を隠せない両親はフェオを説得し始めた。もしイス国に行けば戦地に送られるかもしれず、また武力で併合した地域から革命が発生し国王共々命を奪われることもあり得る、と。それでもフェオの決意は固かった。

「私は、ここが戦争に巻き込まれるのをこの目で見たくはありません」

 父は「・・・・・・すまない」とうなだれた。

「なぜ、神はこのような力を授けられたのだろうな。たかだか医術や魔術に色の付いた程度だ。こんなことになるのであれば・・・・・・」

 フェオは首を横に振った。

「私は、お父様とお母様の子どもに生まれて、本当に幸せでした」


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