第十一回
城内へ戻ると、ルディオスはリーデンの元へ向かった。
「父上」
声をかけるとリーデンは「どうだ」と問うてきた。いうまでもなく、フェオを説得できたかどうかという意味だ。
「そのことですが、先に目安を設けるべきかと思います」
リーデンは目を瞬かせた。
「どういうことだ」
「どのような怪我でも瞬時に回復するとなれば、後先を省みず無謀な行動を起こす者が現れないとも限りません。それでは兵の統率にも支障がありましょう。ですから、フェオの力の使用を認める基準を定めておくのです。」
リーデンが黙ったまま顎髭を撫でているのを見て、「ましてや既に戦局は完全に我が軍が優勢となっております。そこへ野放図に力を使わせては、兵に気の緩みが生じて敵に足を掬われることにもなりかねません」と畳みかけた。
リーデンはしばらく考え込むふうであったが、「わかった。後ほど軍議にかけるとする」と答えた。
本音を言えば一切の軍事利用を禁止させたいところだ。すぐにそれがかなわないことは非常にもどかしかった。それでもおそらくこれでフェオの力を使う頻度を下げさせることはできる。ルディオスは胸をなで下ろした。
それからというもの、ルディオスがフェオと過ごすことが少しずつ増えていった。ルディオスもそれほど潤沢に時間を使えるわけではないため公務の合間にほんの数分ということも少なくなかったが、ほぼ毎日フェオの部屋を訪れるようになっていた。一度、フェオがわざわざルディオスに足を運ばせるのは申し訳ない、それならば自分がルディオスを訪ねたいと言ったこともあったのだが、ルディオスが日中部屋にいる事はごく稀で、公務が深夜に及ぶこともあるため結局そのままの形に落ち着いた。
その一方で、フェオの能力の軍事利用制限は満場一致で事が運ぶというわけにはいかなかった。会議の席でまたもリドニアが異議を唱えたのだ。
「そのような話、とても受け入れられません」
「しかし、ルディオスの話にも一理ある」
「元はと言えば、義姉上を迎え入れたのは兵の治療が目的でございましょう。治療を行わないとあっては穀潰しも同然、使用人にも劣るではありませんか」
「リドニア!」
割れんばかりの怒号が響きわたり、一同の視線がルディオスに集まった。室内は水を打ったように静まりかえっている。リドニアはおろか、リーデンですらもルディオスがこのように感情を露わにしたところを見たことは無かったのだ。
「私の妻を貶める物言いは許さぬ」
生まれて初めて目にする兄の凄みを利かせた口振りがよほど堪えたのか、リドニアはすごすごと「・・・・・・申し訳ありません」と引き下がった。
その後は能力を酷使することでまたフェオが体調を崩しでもしてはいざというときに兵の回復が計れないと言ってリーデンがその場を納めたため、フェオの治癒能力を用いるのは急襲を受けた場合か負傷兵の増加により作戦の遂行が困難とみられる場合のみとすることと、連続しての使用は避け数日の間を空けることが定められた。