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翼の主  作者:
王立魔法学院
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王立魔法学院

 『王立魔法学院』の入り口には、大きな楡の木と椈の木が並んで生えており、枝を差しかけあって、アーチを形作っている。それゆえ、この二本は、ひっくるめて通称、『門』と学院関係者に呼ばれている。

 学院の周囲は、『庭園』と呼ばれる鬱蒼とした森に取り囲まれており、外部へ開かれた入口は『門』のみである。古来より何人ものならず者や物好きが外部より『庭園』内部への侵入を試みたが、成功した者は、一人もいない。それゆえ、学院と外を隔てる柵や塀のような物は、存在しない。


 見通す事もできない森が『庭園』と呼ばれる由来は、学院創設以前においてその森が『ティールドゥースの庭園』と呼ばれる禁足地(はいらずのもり)であったことに由来する。

 ではその『ティールドゥース』とは何か。

 ……それに対する答えは、関係者以外には秘されている。



 その少女が『門』を潜るところを見たものは、誰もいない。もちろん、出入りの業者に便乗した訳でも、誰かの荷物に紛れ込んできた訳でも、ない。多くの新入生がやってくる初日において、これはかなり珍しい事だった。

 とにかく、その少女はいつの間にかやってきて、入学手続きの列に並んでいた。彼女が携えてきた荷物はたった二つ。ごつくて大きな鞄と、背中に背負ったリュックサックのみ。しかもそのリュックサックからは、何かの生き物が顔をのぞかせている。少女の後ろに並ぶことになってしまった学生は、その生き物と目が合って、少しの間、居心地の悪い時間を過ごした。

「えーと、ソフィア・アウレリス、ね。……はい、書類は揃ってる、と。これが、入学案内。えーと、あなたの場合は……隣の部屋でクラス分けの簡単なテストをしてから、寮の方へ案内、ね。……次の方、どうぞ」

 入学手続きが、あっけないほど簡単に済んでしまったので、ソフィアは少々拍子抜けした顔で隣の部屋へ移動する。

 彼女の与り知らない事であったが、『受付まで徒歩で辿り着く』ということ自体が入学者の選抜になっているのだ。かつてほどではないが、『庭園』は今もなお、禁足地としての性質を持ち続けていて、『庭園』が内包するものに対して害意があるものや、魔法に対する適性が低いものが奥に侵入するのを妨げている。そして例年、一割ほどの希望者が、さんざん迷って受付まで辿り着くことができないまま庭園の外に出て(出されて)しまうのだ。

 隣の部屋に入ると、ローブを着た五人ほどの魔法使いが並んでいた。全員が顔が見えないようにフードを深く下ろしている。面接なのに見えなくていいんだろうか、とソフィアは思ったが、魔法か何かで見えるようになっているのだろう、と思い直した。……魔法に頼らなくても、フードの一部に細工して、外からは見えないようにしたまま中から外を窺うことができる、ということをソフィアは既に知っていたので。

「荷物はそこへおいて下さい。背中の物騒な生き物も、ね」

 試験官の一人が、入り口の横に置いてあるテーブルを指して、そう指示する。

「はい。……あ」

 ソフィアがリュックを下ろそうとしたところで、動作を止める。

「どうかしたかね?」

 試験官の問いにソフィアは困った顔で答える。

「えーと……この子、おびえてしまって離れてくれないんです。……ほら」

 ソフィアが示すところを端の方に座った試験官の一人が近寄って見ると、その生き物の小さいが鋭いかぎづめが、リュックサックを貫通して、服に食い込んでいる。

「これは……痛くはないの?」

 その試験官、おそらく女性と思われる者がソフィアに訊ねた。

「体にまでは届いていませんから。……ただ、服がダメになっちゃったのが、ちょっと残念です」

「……破れるところまでは行ってないようね。服の修復は後で責任を持ってやってあげるわ。だから、その子をなんとかなだめて、あなたから離してもらえるかしら」

「……やってみますが、少し時間をいただけますか?」

 ソフィアは部屋の隅に行って後ろを振り向き、リュックの中の生き物に何事か話しかけた。しばしのやり取りの後、ようやくリュックを肩からおろして、テーブルに置き、リュックから顔をのぞかせた生き物の頭を撫でてやってから、部屋の中央に進み出た。

「お待たせしました」

「その、リュックの中身が、申請書にあった、リンドブルムかね? ……思ったよりも小さいが」

 幾分、年上の者と思われる声がそう問う。

「はい。からだが小さいのも、ちょっと心配事の一つで。……食が細くて」

「……そうですか。心配事を一つでも減らせることを願いますよ。……では、ここに書いてある事を、音読してもらえるかな? 」

 そう言って紙片を渡されたので、ソフィアは言われたとおりにした。

「……はい、結構です。では、次に……」

 五人の試験官がかわるがわるに課題を与え、ソフィアはそれに従った。

 言われたとおりにはできなかったり、求められている意味が解らなかったりするものもいくつかあったが、たいていは言われたとおりにできたので、ソフィアは満足だった。

「……はい、大変結構でした。では、お部屋の方にご案内しましょうね。……でも、その前に」

 女性の試験官が、ソフィアの背中に手をあてた。彼女が何事かをつぶやくと、ソフィアの服にリンドブルムの爪が刺さってできた丸い穴が消えた。

「…………どうやったんですか?」

 ソフィアが目を丸くして試験官に問うた。

「その服に残った、リンドブルムの力の残滓を取り除いたの。それだけ。……では、荷物を持って、ついておいでなさい」

 女性試験官の後についてソフィアが部屋を出ていくのを見届けると、試験官たちは口々に溜息をついた。

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