表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翼の主  作者:
初夏
32/36

お土産

「わあっ……キレイ」

 『お土産』の紙箱を開けたソフィアが歓声を上げる。箱の中には繊細な砂糖菓子や、凝った仕上げの焼き菓子が整然と並んでいた。

「……なんだか食べるのがもったいないなー……っと、そうだ」

 箱の中に目を落としていたソフィアが、ふと改まった顔で目をあげた。

「……なんだ?」

 怪訝な顔でアドルフが問い掛ける。

「ありがとうございます。こんな繊細な(こまかい)細工のお菓子、運ぶのは大変じゃありませんでした?」

 繊細なレースのような飴細工や薄く焼いた焼き菓子は、ちょっとした衝撃で壊れる。落とすなど以っての外だし、ものによっては階段の上り下りにも気を遣う。【転移】の魔法も、条件によっては運ばれるものにいくらか衝撃が与えられる場合もある。

 もっとも、箱なり菓子自体なりに魔法が掛かっているなら別だが。普通はこんな些細なことに魔法の無駄遣いはしないものだ。

「ああ、箱に軽い衝撃吸収機能がある、と聞いてる。……だからって雑な扱いはしてないが」

「衝撃、吸収、機能……」

 ソフィアがつぶやいて箱をしげしげと眺める。

「さすが王宮。菓子箱ひとつにも凝ったことを……」

 じっと箱を睨みつけるソフィアを見て、アドルフはちょっとあきれた。感心するところが他の女の子とちょっと違う。最初の反応は普通だったから、甘いものに関心がない訳ではないのだろうが……

「生ものじゃないから、すぐに食べろ、とは言わないが……飾っておくものでもないぞ?」

 砂糖菓子にしろ、焼き菓子にしろ、密閉していなければ、湿気を吸ってしまうのだ。紙箱にはそれを防ぐ、という役割もある。

「あ、そうですね。……ここでひとつ食べても?」

 菓子の方に注意を戻し、上目遣いでそう言う。蠱惑的な仕草ではあるが、ソフィアの場合、たぶん身長差からくる癖で、狙ってのことでは、ない。だから余計に性質(たち)が悪い、ともいえるが。

「ひとつといわず、お好きなだけどーぞ。なんならお茶も頼もうか?」

 談話室の一角には、軽食や飲み物を提供するカウンターがある。

 交代で職員が常駐していて、たとえば深夜に「小腹が空いたから何かつまめるものを」などという要求にも対応してくれる。

「あっ。そういえば、建国祭のお話を聞かせていただく約束でしたね。えーと、殿下も何かお飲みになりますか?」

 ちなみに、カウンターで供されるメニューには時折、学生手作りの得体のしれない香草茶や菓子などが混じっていることがある。

 短い付き合いだが、ソフィアがそういった『得体のしれないもの』に対して抵抗が少ない、否、むしろ積極的に寄っていきたがる、という傾向があることを、アドルフはおぼろげながら理解していた。

 だから、いまにも立ち上がってカウンターに走りそうなソフィアを制して、自らカウンターに飲み物を取りに向かった。

 アドルフがカウンターで飲み物の用意を待っていると、くいくいと服の裾が引かれた。引かれた方に目をやると、ソフィアがアドルフの方を見上げていた。

「殿下は甘いものは大丈夫ですか? 私一人で食べるのは、なんか悪い気がするんですけど」

 見上げる緑の目は微かに不安に揺れているが、何に対して不安になっているのかはわからない。

「いや……そうだな、一つだけ、分けてもらおうか」

 甘味は特に好きという訳でもないが忌避しているわけでもない。自分が持参したものだが少しだけご相伴に与るのも悪くはないだろう。そう考えたアドルフが答えると、その言葉を聞き、表情を和らげたソフィアが、カウンターの上に乗り出した。職員に声をかけ、菓子皿を二枚手にしたソフィアは、軽い足取りで元の席に戻っていった。

 

「……なんで増えてるんだ?」

 アドルフが両手に茶の入ったカップを手に戻ってくると、菓子箱が三つになっていた。

「退院祝い、だって」

 ソフィアが菓子箱から菓子を取り分けながら答える。

「日持ちしないから早めに食べて、って言われたんだけど、同じものを『お見舞い』でもってきた人がいて。傷む前に思い出せてよかった」

 ソフィアが差し出した皿には、白い小山があった。祭菓子の一種で、確かに日持ちはしない。基本は生チーズを薄く焼いた皮に包んだもので、作り手により少しずつレシピが違う。

「……そうか」

 ちなみに、王宮では建国祭の間、夕食時の最後に必ずこれ(もちろん、毎日違ったレシピで作られたものではあったが)が出るので、アドルフはいささか食傷していた。

 ……だが、『思い出せてよかった』とは? 今持ってこられたのではないのか?

 アドルフが内心首を傾げていると、ソフィアがぺちりと両手を合わせた。

「あ、そうだ。食べるのにスプーンかフォークが要りますね。……でも、どっちでしょう?」

 本来の、というか伝統的なレシピでは、この菓子は水分を絞って固めに作る。だが、最近の流行では柔らかく作るのでスプーンの方が無難だろう。アドルフがそう説明すると、ソフィアが、解りました、と言ってニコリと笑い、またカウンターに走る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ