表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
翼の主  作者:
初夏
29/36

発熱

 目が覚めたら知らないところに寝かされていた。

 知らないところなのに、妙になじんだ雰囲気の場所。見覚えのない白い天井、白い壁、白いカーテン。

 辺りを見回そうと頭を傾けると、顔の前に何かが落ちる。拾い上げようと体を傾け、……その体が重怠いのに気付く。それに、喉が痛いし、なんだか暑苦しい。

 自分の状況をぼんやりした頭でつらつら考えて、結論を出す。


「……ああ、熱が出てた、のか」


 ソフィアは熱で寝込んだという体験がない。ちょっと悪寒を訴えたり、湿った咳が出たりという兆候が現れると、母親が『手当』していたからだ。まあ、物心つく前にはそういう事もあったのかもしれない。村の子供たちを見ると、赤ん坊というのは割とよく発熱するものだから。

 ソフィアはゆっくりと頭をめぐらし、ここがどこか見当をつける。

 施設案内ではドアから中を覗いただけだったが、……ここはたぶん、学院内にある施療院、だ。母親が、在学期間中、たぶん一番長くいたところ。だから、どんなところか話は聞いているし、怪我人や病人を診るための部屋は此処に倣って設えた、とも聞いている。

 窓の外の明るさから察するに、今はもう昼近い頃、……もしかしたら、午後になっているのかもしれない。朝食を食べ終えた後の記憶は曖昧だが、施療院(ここ)に運ばれている、ということは、頭をぶつけたか何かしたのかもしれない。

 ……初の王都行きはお流れになってしまった。

 熱が下がれば、建国祭の期間中に行くことはできるだろうが、下がらなかったら無期延期だ。

 ソフィアははあ、と、溜め息を()いた。

 完全になくなった、という訳ではないが、期待が大きかった分落胆も激しい。

「……ちびちゃん」

 襟元から呪符を引っ張り出し、リンドブルムを呼ぶ。呪符が瞬くように光り、ソフィアの肩先に白い影が現れる。

 仰向けの姿勢から横向きになりながら、リンドブルムを抱き寄せ、柔らかな腹部に顔を埋める。

 最近はめったにやらなくなったが、入学した当初は夜寝付けなくてよくこうしていた。……熱のせいで少し気弱になっているのかもしれない。



 不意に、後ろでドアが開いた。

「あ、起きてる?」

 男の人の声だ。

 聞き覚えのないその声は、高からず低からずの、これといって特徴のない声だったが、なんだかひどく安心できた。

 ソフィアがゆっくりと寝返りを打つと、その間に近付いてきた男性が、サイドテーブルにトレイを置くのが見えた。トレイの上には、深皿に張ったスープと、スプーンが載せられている。琥珀色の澄んだスープには、具は入っていない。

「食欲はある?」

 白いシャツの男性がそう尋ねる。

 食欲も何も、ソフィアは朝食を食べたばかりなのだ、主観的には。だが、その男性はとんでもない事を口にした。

「丸二日、寝込んでいたから、食欲があっても軽いものしか出せないんだ。ごめんな」

「……まる、ふつか?」

 ソフィアが聞き返す。熱のせいか、声が掠れている。

「……いったい……?」

 どうしてそんなに寝込むはめになったのか。そんな兆候はなかった、と思う。

「この時期、転移陣の利用者が増えるからね。王都との往復で体調を崩すのが少なくないんだ。今日も一人、倒れたのがいるし」

「でも、わたしは」

 転移法陣を使っていない、と言おうとして遮られた。

「うん、聞いてる。だから、たぶん誰かからうつったんだろうな。咳とかくしゃみとかしてるやつと一緒に食事とかしなかった?」

 一緒に、ではないが心当たりはあった。前日(倒れた日の、だ)の朝食の時、斜め前に座っていた学生が、頻りに咳をしていたのだ。

 ソフィアが小さく頷くと「たぶんそいつからうつったんだな」と男性が大きく頷く。

「同じ風邪でも、罹った人の状況によっては症状が重く出ることがあるんだ。まあ、運が悪かったと思うんだな」

 そう言いながらソフィアが体を起こすのを手伝う。こういう事に慣れているらしく、手際良くソフィアの食事準備を整える。

 ほんとに運が悪い。よりによってこんな時に。

 ソフィアはスプーンを手に取りながら小さく溜め息を吐く。熱のせいかあるいは二日寝ていたせいかは判らないが、体を起こすだけで息が上がっていたので、溜め息はそれに紛れてしまったけれども。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ