飛行訓練をしよう 3
「え、えーと……?」
何と答えるべきか。戸惑うあまりにフォークの上から付け合せの野菜が零れ落ちる。
「ゆっくりでいいよ。食事は楽しく摂らなくちゃね」
「お前が言うな。脳筋め」
先ほどの『鉄拳制裁』発言のことを指して嗜めていらっしゃるのだろう。言葉はきついが、口調はそれほどでもない。
「いろいろ無自覚な奴に言われたくないな。なんで陰謀渦巻く王宮で育って、こんな言動ができる奴になるんだろう」
「仲良く口げんかを楽しんでるところを悪いが、ソフィアが怯えている。私やディアナと違って、彼女は貴様らの会話には慣れていない」
「ああ、そうだね。気が付かなかったよ、リリ」
斜め前方から、みし……、という、何かがきしむ音がする。
「…………貴様の挑発には乗らん……っ」
顔を上げると、クラスを掴んでいたと思われる副寮長が、グラスをトレイの横に置いて、そう吐き捨てるようにつぶやいたところだった。
「おお。ようやく『自制心』というものを身につけたようだね。従兄弟として嬉しいよ、リリアン」
隣を覗き込むようにして言う寮長に対し、副寮長が俯いて低い声で何かをつぶやき続ける。
その様子を視界に入れないように努力しながらデザートのゼリーを手元に引き寄せ、右手にスプーンを握るソフィアに向かって、殿下が小声で話しかける。
「よく見とけよ。あれが学院名物の『犬も喰わない』だ。たぶん、来年はもう見られなくなるだろうが」
なるほど、談話室のおどろおどろしい雰囲気は、この二人が(というより主に副寮長が)醸し出していたものなのか。
ソフィアは小さく頷いた。
だからこの席も、周囲のテーブル三つ分、誰も座っていない空白地帯なのか。
一つ学習した。この二人が揃っているところからは、なるべく離れたほうがいい、と。
ソフィアは急いでその場を辞するために、ゼリーを大急ぎで口に押し込んだ。
「……ごちそうさまでした。ちびちゃん、おいで」
そそくさと立ち去ろうとするソフィアの腕を引き止めるものがあった。
「まだ話は終わっていない」
「そうそう。まだ十分堪能してないし」
「……」
リンドブルムを放そうとしない寮長にテーブルの向こう側から生温かい視線が注がれ、寮長に拘束されたリンドブルムが何とも言えない目でソフィアを見上げる。
「……話、と仰いますと」
「その子のこと、だよね」
「フェイ先ぱ……先生に聞いたところ、あまりうまくいっていないのだとか、訓練」
「あたしの考えでは、ソフィアちゃん、この子が可愛いあまり甘やかしてるんじゃないかと思うの。……違う?」
畳み掛けられるように次々と口を開く。もしかしたら、この人たちは示し合わせていたのか。
ソフィアは改めて座り直す。
「……そう、かもしれません」
ソフィアは渋々認めた。母親にも常々言われていたし、フェイが符に封じるよう勧めたのも、ソフィアの『ちびちゃん離れ』を促すためもあったと思う。
「だから、ソフィアはもっと人を頼ればいいと思う」
何が『だから』なのか解らない。そう思ったのはソフィアだけらしい。この場にいる他の人たちは小さく頷いている。
「そうそう。『よろしくお願いします』って言った割にはあまりよろしくされてないよね。まあ、フェイの囲い込みがキビシイってのもあるけど。……たぶん、そいつのせいで」
そいつ、と指さされた方からむっとした雰囲気が漂ってくる。
「たぶん、じゃないな。直に牽制されてるし。……謂れのない中傷はやめてもらいたいものだが」
「謂れがないなどとよく言えるな。このド天然」
「ハイハイその話は措いといてー。今はこの子のことでしょ?」
再び天然論争を始めようとする男二人に、女子寮長が割って入る。
「そうそう。魔法の技術的なことは、フェイほどはあてにならないかもしれないけど、『甘やかしてしまう』という件だったら、たぶん手助けできると思う」
「ここにいるのは、一人を除いて卒業年次だから、時間はあるし」
「ここにいない連中にも声をかけておくから」
「自主練習、しない?」
……何だろう、この、一歩も動いていないのに迫られている感は。ソフィアが小柄だから余計にそう感じるのだろうか。
「……よ……」
「よ?」
「…………よろしく、お願いします」
そう答えるしかない雰囲気だった。




