飛行訓練をしよう
なんでこんなことに……
ソフィアは食堂のテーブルで、同じ席に着いたメンバーをそっと見まわして自問した。
右から順に女子寮長、女子副寮長、男子寮長、……王太子殿下。
なんて綺羅綺羅しい。
特に左隣が。
* * * * *
制服をひと先ずクローゼットに仕舞い、一階に戻ってくると、玄関ホールに佇む長身の人影があった。少なくない人数の注目を浴びている。抱えているモノとの取り合わせが珍しいからだろう。……たぶん。
「すみません。お待たせしましたか?」
勢い込んでそういうと、穏やかな返事が返ってきた。
「いや、まだ明るいうちだから大丈夫。いろいろこいつの観察もできたし」
「いろいろ……?」
不穏なことを口にされ、ソフィアが不安そうな顔になる。
「ああ、手荒なことはしていないから大丈夫。……じゃ、行こうか。観察するのに十分な明るさがあるうちに」
そういうと殿下はすたすたと入口の方に向かわれてしまった。リンドブルム(ちびちゃん)を抱えたまま。
小走りでついていくと、寮の裏側に出た。食料などの搬入用にか、転移陣が描かれている。
「君はここで待機」
ソフィアにそう言い置くと、殿下はすたすたと遠ざかってゆく。
二十歩ほど歩いたところで足を止めて振り返り、リンドブルム(ちびちゃん)を高く掲げる。そして、リンドブルムに向けて何か言ったかと思うと、いきなり上に放り投げた。
「あっ」
放り上げられたリンドブルムは最高点で翼を広げ、ソフィアの方に向かって飛んできた。いや、滑空してきた。
「飛べるじゃないか」
「あれは『滑空』です」
こともなげに言う殿下に向かってソフィアは言い返した。が、殿下は気にしなかった。
「どこが違うんだ。……まあ、たしかに鳥よりも下手だけど」
ソフィアの腕の中に収まったものから剣呑な気配が発生した。
* * * * *
ソフィアはトレイに載った皿の上の魚フライをナイフで切りながらそっと溜め息を吐いた。ちなみにこの魚フライは最後の一枚で、ほかのメンバーのトレイには載っていない。『小さいのだからたくさん食べなさい』と全員に譲られたのだ。小さい、とは歳相応に見えないこの体つきのことだろう。
切ったフライにソースを絡め、口へ運ぶ。その一連の動作に注目されているような気がして、妙に緊張する。
「ソフィアちゃんって、挙措が妙に上品よね?」
右隣から声がする。ちなみに彼女は膝の上にリンドブルム(ちびちゃん)を抱いて、撫でまわしている。食事を終えて食堂を引き上げようとしたところだったのだ。一も二もなく踵を返してついてきて、ソフィアの横に陣取るが早いか、リンドブルムを取り上げてしまった。食事の邪魔でしょ、と、にこやかに言って。
「……食事のマナーに厳しいのが、家族に一人おりまして」
礼儀正しく、口の中のものを呑みこんでから答える。
「ナイフとフォークの使い方はかなり厳しく躾けられました。……それが何か?」
「んーん。うらやましいなあ、ってだけ」
ソフィアが微妙な顔をする。
うらやましい、というなら、遊び疲れて瞼がくっつきそうになっている時に、笑顔で。丁寧語で。にこやかに。しつこく。マナー違反を繰り返し指摘する人物との食事に同席してみたらいいと思う。無論、自分はお手本を示して見せてくれたけど。基本編から上級編まで。
もっとも、うちの食事はスープとパン、シチューと粥が普通で、ナイフとフォークの出番なんて、一年で数えるほどしかなかったのだけど。
思いのほか長くなったので分けました。
続きは3日後に(文章の見直しとか……)。




