衣更え 2
「貴様という奴は……」
副寮長が握り拳を構えて寮長に迫る。
「女子をいったいどういう目で見ている!」
どん! と大きな音を立ててテーブルに拳が打ち付けられる。とりあえず、今の攻撃には魔力は籠っていなかったようだ。焼けも凍りも砕けもしなかった。
まあ、魔力が集まっていたら、拳が揮われる前に周囲からひとの姿が消えていただろうが。
「いや、えーと……」
従妹の(再従姉妹、だったかも)自分とよく似た顔に迫られて、寮長の目が左右に泳ぐ。
「健康な同年代の男子なら、大抵同じような見方をしてる、んじゃ、ない、かな?」
「……ほう。では」
険を含んだ黒い目が辺りを睥睨する。
「貴公等もそのような目で夏服の女子を見ているのか?」
静かな、だが怒りを含んだ低い声が辺りに響く。彼女は怒ると言葉遣いがやたらと古風になる。
運悪く彼女と視線が合ってしまった男子は、魅入られたように固まり、そうでないものは、睨みつけられないように小刻みに首を左右に振りながら、微妙に視線を逸らす。
ぐるりと辺りを見回した副寮長は、俺の顔を認めて一瞬目を眇め、軽蔑の表情を浮かべて目を逸らした。
話題が話題だし、心の動きが手に取るように判る。が。
官僚を目指すなら、王族に対するその態度はいただけないし、もう少し内面を取り繕うという技術を身に着けないと将来が危ぶまれるぞ、と注意したい。
まあ、学院内でだけ、だろうしな。こんな表情をされるのも。
「……そのような目、とは、どういう目のことを指すのかな?」
「どういう、とは?」
言うまでもないじゃないか、という表情でこちらを睨みつけてくる。
「それとも、学院の男子学生は女子の姿を目に入れるな、とでも言うのかな? もしそう言うならばここに入学しなければ良かっただろうに」
学院内だからこの程度で済んでいる、という女子もいるだろう。
王都をはじめ、主だった街にある娼館。あそこで働く者たちは『そういう目』で見られる者の代表格だろう。
そして多くの職場がそうであるように、そこで働く者のすべてが、自ら望んでそこで働いている、という訳ではない。
「そ、れは……」
どうやら気が削がれたようだ。
そう思って気を抜いたら、その場の空気を読まなかったのか、寮長が余計なひと言を付け加えた。
「そうそう。それに、隠されていたものを見たくなるのは、本能なんだよ。お前も覚えない? リリ」
いきなり目の前のテーブルが飛んだ。
「うぉわっ!」
テーブルは寮長の横を掠め(というか、彼が避けなかったらたぶん縁が当たっている)、後ろの壁にぶち当たった。
「貴様が言うな! そしてリリって呼ぶな!」
副寮長はリリアーナ、という大変に可愛らしい名前なのだが、リリアーナとかリリとか呼ばれることを殊の外嫌っている。寮長はそれを知っていて、わざとそう呼んでいる節がある。
そして。
談話室から出ていく者が増え始めた。
「リリはだめなら、リリアン?」
副寮長が椅子を振り上げ、あっぶないなあ、と笑いながら寮長が椅子の足を掴む。
……そろそろ逃げ出していいだろうか?
せっかく穏便に済ませようとしてたのに、この野郎。
「ちーさい頃はどこに行くにも後ついてきたのに。あの可愛かったリリはどこへ行っちゃったんだろうなあ?」
寮長が椅子を取り上げ、苦笑しながら肩を竦めるのを横目で眺めて、そろそろと席を立つ。談話室内には既に他の学生の姿はない。軽食や飲み物を出すカウンター内にいる職員が、少し困ったような顔をして佇んでいるだけだ。壁に投げつけられたテーブルが壊れなかったのも、壁に傷がつかなかったのも、おそらくは彼女の働きによるのだろう。
「警備は?」
「あの二人なら大丈夫でしょう。頃合いを見て、注意を促しておきます」
頼む、と頭を下げ、足音を殺して談話室を出る。
あの二人が二人とも揃って近衛に採用(厄介なことに副寮長の方も近衛志望なのだ)されたら、と思うと、頭が痛い。
ソフィアの出番までたどり着きませんでした!
なので、続きます!




