封じる・思い 2
その人がそこに居合わせたのは、たぶん偶然。
ちびちゃんの【召喚】の練習は、校内の人が少ないところを選んで行っていた。そういうところはやたらといっぱいあるのだ。ただ、ちびちゃんが飛行練習に使える開けた場所、というのは、意外と少ない。飛び方が上手くなれば別なのだろうが。
……とにかく、その日は初めて空中にちびちゃんを呼び出す練習をして、……その場にあの人が居合わせてしまっていたのだった。
アドルフ・ゲオルギウス・ゲオルギア。
聞いたことのある家名だと思ったら、王太子殿下だそうだ。なるほど。
学院に入学しなければ、一生姿を見ることも、声を聞くことも叶わなかっただろう人だ。
その人が先生に呼び付けられて(叱り付けられて?)樹から飛び降りて来たのにはびっくりした。
整った顔の男性、というのは見慣れている。……まあ、うちに一人いるっていうだけなんだけど。
がっしりした体格の男性、も珍しくはない。村の男衆は年齢身長体重はどうあれ、きれいに筋肉がついている。
その両方を足して2で割ったようなひと、だった。
整ってはいるけど、見惚れるほどではない容姿。広い肩幅と、それに見合った厚みのある体。飛び降りてきた高さを考えると、骨格も丈夫なのだろう。
赤みの強い茶色の髪は長めだけど、この学院内では『短い』と言われそうな長さ。目の色は、赤みの強い琥珀色。仕立ての良い制服は、体にぴったりと合っていて不自然な皺などはできていない。
立ち上がると、手足が長くて、高い身長が威圧感を与えてくるけど、それを知っているのか、目元と口元を和らげる。
全体的には、好感の持てる外見、と言えるだろう。
……ちびちゃんが唸りながら飛び掛かろうと身構えたので、すぐに外見を観察している余裕はなくなってしまったけれど。
だいたいちびちゃんは、初めて会う人にはもれなく警戒する。(寮長はその警戒の壁をぶち破る勢いで突進してきたけど)
慣れてきても男の人には、程度の多少はあるけれど、やはりもれなく威嚇しかける。時間が経てば度合を緩めるけれど。
だけど、出合い頭にいきなり攻撃態勢に入ってしまったのは、彼が初めてだ。まあ、あの現れ方に驚かされたのは確かだけど。
…………うん。なんだかちびちゃんは拘束しておくのが正解な気がしてきた。少なくとも、学院にいる間は。
王族の証である【金瞳】の許となっている幻獣が【龍】と呼ばれていることも、学院に入るまで知らなかった。
王族男子に共通する女癖(って言っていいのかな)については、公然の秘密になっている、らしい。……まあ、王子にしろ公子にしろ、兄弟の母親が皆違う、となればそう言われるのも致し方ない、のだろう。実際には王族から除かれた同腹の兄弟もいるそうなのだが。
しかもこの『秘密』は、十年二十年といったものではないらしい。そうなると、これは個人の性癖といったものではなく、血統の特徴なのだろう。……傍迷惑極まりないが。特に、王宮関係者には。たぶん。
共通する、っていうけど、長い歴史の中には一人や二人くらいは『女性に興味がない』人もいておかしくないと思うんだけど。……その場合、王族ではなかったことにされてしまうのかな? それとも、そういう人には【金瞳】が現れないのかな?
らしい、とか、そうだ、という曖昧な言い方になってしまうのは、これらが皆人から聞いた話だからだ。寮長とか、寮長とか、寮長とか、……あと、フェイ先生とか。
『かわいい女の子をぱっくり食べちゃう悪い龍』っていうのは、たぶん、このこと、なんだろうな。
……それから、兄弟の親の組み合わせが違う、というのは、低地では一般的ではないのだな。覚えておかなくちゃ。
この一点だけは、辺境と王族とで共感できる、というのも妙なことだけど。
(2012/11/19)拍手にお礼小話追加しました。




