邂逅・1
「ちびちゃん」
少女の、高く、澄んだ声が響く。
と、中空に子犬程の大きさの、翼を持った生き物が姿を表した。生き物、否、生き物の姿を模った何か……『幻獣』と呼ばれる存在だ。
幻獣は、『目に見えない何か』の方が本態で、人に見える形をしている方が擬態なのだ、とか、力の弱いものは目に見えないほど存在が希薄で、存在が確たるものほど力は強い、とかいわれている。
だが……実際のところはどうなんだろう?
契約者であるのにその力が使いこなせない(というか、強制的に契約させられているので使い方がわからない、という感じなのだが)上に、幻獣の存在を捉えることができない(魔法契約で姿を万人に見せられるよう固定されているものはさすがに見えるが)俺にはいまいちその辺がよくわからない。
今眼下でジタバタしているそれは、種族でいえば『リンドブルム』。翼を持った龍族のひとつだ。
しかし、その姿は、若干一般的に知られているものと異なっている。
まず、翼と体の割合が違う。鳥や蝙蝠であれば理に適っているのであろうが、龍族としては不格好と言われかねない程、翼が大きい。体つきはほっそりと長く、見ようによっては、優美と言えなくもないだけに、些か残念だ。
だが、一番特徴的なのは、その体色だ。
真珠光沢のある白色、などという、龍族にはまずもってお目にかかれない色をしている。翼などは光の加減によっては、薄桃色に見えたりもする。
目にしたのは初めてだが、このリンドブルムは学内では有名だ。色々と常識を覆している、ということで。
……あと、一部の学生達に異常なまでに愛でられている、ということでも。
それが、忙しなくはばたきながら、辺りを飛び回る。全く落ち着きがない。
「落ち着いて。ほら、ここまで飛んでおいで」
少女の声で、目標が定まったのか、忙しなくはばたくのをやめたリンドブルムが、方向転換して、少女の方に向かう。
飛び方の覚束なさとは裏腹に、危なげない様子で翼をたたみ、少女の腕の中にすっぽりと収まる。
「よしよし。怖かった?」
甘えるように頭を摺り寄せるリンドブルムを宥めるように撫でるその少女もまた白っぽく見える。
頭の上で小さくまとめた淡い金色の髪も、その髪が縁どる小さな顔の透き通るような肌も。制服の上着を脱いでいるから余計にそう見えるのだろう。……まだブラウス1枚では肌寒かろうに。それともここまでくる間に運動でもしてきたのだろうか。
一連の光景をそばで見ていた女性が、こめかみを押さえながらこう言った。
「ソフィア……こう言ってはなんだけど、前よりも飛ぶのが下手になってない? この子」
「いきなり空中に放り出されて慌ててるのだと思いますが……確かにそれは否めませんね」
溜め息を吐きながら、ソフィアと呼ばれた少女も同意した。『ちびちゃん』に話しかける時とは違って、ずいぶんと大人びたしゃべり方をする。
「いい考えだと思ったんだけどなあ」
……そうでもないか。
「悪い考えではない、と思うわ。少なくともこの子を運ぶ負担は、ずっと少なくなる」
ソフィアの足元に置かれている、ずいぶん使い込まれた様子の布製のリュックサックを拾いながら続ける。
「少なくとも、年頃の若い娘が、どこへ行くにもこれを背負って歩くよりは、ずっといいと思うわ。……そう思いませんこと? 殿下」
いきなり顔を上げたかと思うと、正確に自分のほうに顔を向けて呼びかけられた。
知らんぷりを決め込む訳にもいかず、しぶしぶながら、隠れていた枝の上から跳び降りる。
膝をついたまま顔を上げると、驚いたように見開かれた緑色の目と視線が合った。
彼女の腕の中のリンドブルムが威嚇の声を上げる。ソフィアを驚かせたことで警戒したらしい。
「だめっ」
ソフィアが短く叱責の声を上げて、リンドブルムを強く引き寄せた。




