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翼の主  作者:
王立魔法学院
14/36

時間割を決めるにあたって

 王立魔法学院の必修カリキュラムは魔法に関する事柄だけである。

 しかし、卒業後の進路に合わせて多岐にわたる選択科目が用意されている。それこそマナー・教養の範囲の趣味的なものから、専門外の人間には一生必要がなさそうな高度な専門科目まで。


「選択科目は、基礎的なものは一通り網羅してほしい、との要望が親御さんの方から出ているそうですね」

 今学期のカリキュラム一覧、と銘打った小冊子(魔法での複製物)を前に、フェイがソフィアに訊ねた。

「はあ……どうせ授業料は無料(ただ)なんだから、と。……あ、ただ、教材費がかかりそうなのは取らなくていい、とも言ってました」

 ソフィアが情けなさそうな表情で小冊子をめくる。

「学院は基本的に、教材費は無料、なのだけど……?」

 フェイの知る限り、教材費が発生するような時といえば、追試の時、補習の時、授業時間内の実習で成果が上げられなかった時、などだ。いずれも成績があまり良くない者たちがそういうものを支払う羽目になる。

「でも、うちの親は、教材費が払えなくて奉公に出る羽目になった、って……」

 その話をした時、苦虫を噛み潰すような顔をしていたのだが、父親の方は甘い微笑みを浮かべていたのだ。その表情の対比が怖くて、ソフィアは詳しいことは聞けなかった。

「昔はともかく、今はそんなことはないはずよ? ……ああ、でも例外はあるわね」

 例外、というのは、長期休暇前に出される自由課題と、卒業年次生に課される制作物だ。前者は提出の義務はないが評価に加算されるので、成績のはかばかしくない学生にとっては持てる限りの時間と資金と、時には人員を()ぎ込んでも成し遂げたい代物で、後者は卒業する時に必ず納めなくてはならないもので、時には就職先での評価につながる可能性もあるのだ。よって、どちらも教材費は青天井だ。

「だからって、奉公に出されるような羽目にはならない、と思うけど……」

 あるとしたら、『青田買い』か。

「もし、そんな巨額な教材費を払わされそうになったら、相談して。私の方で対処するから」

 巨額な教材費、と言われてソフィアは眉を顰めながら首を傾げた。両親の話す様子からすると、『巨額』というほどの金額には思えなかったからだ。

「……それよりも、そんな教材費が掛かりそうな科目を避ける方がいいんじゃないかと思いますが」

「それも、そうね」

 そうだ、必修科目ならば担当は学院の教師だから、学生の事情は解っている。

 だが、選択科目の教師は学外から招かれる者も少なくない。そういう者達の中にはよその学校――大抵は金持ちの子女が通っている――の流儀を持ち込むこともあるかもしれない。ちょっと、調べておこうか。

「とりあえず、必修科目は全部私が見ることになっているから。……新米だから、評価は他の先生と合同になるのだけど」

 ソフィアが驚いた表情で顔を上げる。

 そういえば、この小冊子には、フェイの名前が載っていない。

「……そんな、特別扱いって、いいんでしょうか? ……私なんかに」

「じゃあ、こう考えれば? 特別扱いされているのは、あなたではなくて『ちびちゃん』なのだ、と。なにしろ、契約もしていない幻獣を連れて入学してくるようなツワモノは、正真正銘、あなたが初めてなのよ?」

 しかも、その幻獣といったら、リンドブルムなのだ。大きさから言って幼生なのだろうが、見張りのために専任をつけるのは当たり前だろう。……ソフィアはそう考えてくれるだろうか?

「……やっぱり、契約していない幻獣は、危険物扱いなのでしょうか?」

 ソフィアがあからさまにしょぼくれる。こんなにかわいいのに、と肩に載ったリンドブルムの頭を撫でながら。

 そいつの見た目が可愛いのは認める。

 だが、可愛いからと言って危険ではない、とは言い切れない。それは幻獣に限ったことではないが。

「それは、ね。……まあ、ほかの学生たちへの牽制と言い訳、あと、私個人もちょっと研究したいかなあ、と」

「牽制、と、言い訳?」

「契約していないとね、横取りされるかもしれない、ってこと。今のところ学内には上位龍族を無理やり従えることのできそうなのはいないけど、念のため、ね」

「……横取り?」

 ソフィアが大きな声を上げると同時に顔をしかめる。背中に張り付いている『ちびちゃん』が爪を立てたようだ。

「そんなこと、許されているんですか?」

「んー……規則に明記されてはいないわね。ただ、他人に危害を及ぼすようなトラブルは、処罰の対象になる、というだけで」

 魔法に関する規則や禁止事項は、意外なことに校則に定められていない。

 たいていのルールは、より大きな魔力(ちから)があれば無効化できてしまうからだ。

 ……だが、目の前の少女には、そんな大人の事情は知らせなくていいだろう。案外、親の方からやんわりと教え込まれてきているかもしれないし。何しろ、彼女の出身地は、あのカルヴェス高地なのだから。

「まあ、ちびちゃんを無理やり持って行こうとしたら、本人(ちびちゃんじしん)が抵抗するでしょうから、そういう心配はしなくていいでしょう。それよりも、さしあたって心配しなくちゃいけないのは、選択科目」

 う、と息を呑んで少女が硬直する。全分野網羅、という親からの指示が地味に効いているようだ。

「とりあえず、それ読み込んで、明日から順に見て回って決めましょうね」

「……なるべく教材費が掛からないのを、ですね」

「そうそう」

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