新入生歓迎会・2
正午。
新入生歓迎会開始時刻。
閉め出されたような形で入口前に群がっていた新入生達は、耳を聾するかのような、正体不明の大きな音に驚いて扉に注目した。……最前列付近の十数人は、耳を押さえて蹲っていたが。
やがて、十分に静まり返ると、何やら厳かな雰囲気の音(人の声のようだが、定かではない)と共に、ゆっくりと扉が開きはじめた。 と同時に、扉の隙間からきらきらしい光が零れだす。
光は、扉が開くに連れて強くなり、開ききる頃には目を瞑っていても瞼の裏を灼くほどに強くなった。
唐突に光の爆発は収まり、早春の日中の明るさになった。同時に、厳かな雰囲気を醸し出していた音も、吸い込まれるように消えていた。
「新入生諸君!」
開き切った扉の真ん中に、制服を礼装のように着飾った青年が立ちはだかっていた。男子寮の寮長だ。
「王立魔法学院へようこそ! 歓迎のしるしにささやかな宴を用意した。存分に楽しんでくれ給え!」
大仰に歓迎会の開会を宣言した彼は、優雅に一礼して脇へ退き、通路を開けた。
三段ほどの階段を上り、入口の扉を入った新入生たちは、エントランスホールに入ったところで絶句する羽目になる。奥までずらっと並ぶ上級生たちの列に。なにしろ前列には見栄えの良い者ばかりを並べているのだし、そうでない者も目眩ましで通常の何割増しか見栄えよく装っている。
にこやかに笑う上級生たちの列の間を抜けて入った食堂は、新入生たちが朝食を摂った時とは様変わりしている。壁にはタペストリが掛けられ、テーブルは真っ白なクロスを掛けて壁際に寄せられ、中央には舞台が設えられている。テーブルの上に並べられた料理はいい匂いを放っていて、早朝からだだっ広い学院内を引きずり回された腹ペコ新入生たちの食欲を徒に刺激する。
食堂の入り口で何種類か用意された飲み物のグラスとプレートを手渡された学生たちはある者は戸惑いながら、ある者は慣れた様子で食堂の中へ散っていった。
寮の外に人の気配がないのを確認した寮長の合図で、並んでいた上級生たちがバラバラに会場へ入っていく。……『歓迎セレモニー』の虚仮威しの魔法の数々に関わった者たちは、一足先に別会場の談話室で食事を摂っていたが。
「それにしても、慣れないもんだな」
談話室の入口近くに陣取った男子学生(三年目)がぼそりと呟いた。
「ぁにが?」
隣のテーブルの男子学生(五年目)が怪訝そうに尋ねた。言葉が不明瞭なのは口いっぱいに肉を頬張っているからだ。
「魔力を持って行かれる、という感覚に、さ」
「ああ、それは」
口の中のものを飲み込んで答える。
「慣れもあるけど、術者との相性とかもあるから」
「あと、持ってく方にも上手い下手があってさ」
別の方から声が上がる。やはり五年目の学生だ。
それはあるかも、とほぼ全員が頷く。
「先生たちは大概巧いわね。成績のいい連中も概は。……例外もあるけど」
ハーブティにたっぷりの蜂蜜を入れながら女子学生が言う。ちなみに彼女は四年目だ。
「あー、いるわねー」
別の女子学生が遠まわしに具体例を挙げる。
「もう卒業した人だけど、○○の○○なんか、実習で組んだとき、貧血おこしちゃった。乱暴すぎて」
「男にだけ、ってわけじゃなかったのか……!」
心当たりがあるらしい男子学生が驚いたように言う。半ば笑いを浮かべて。「……就職先で問題になってないといいがな」
もちろんここにいる者たちの中にはそういう『下手』な者はいない。
『歓迎セレモニー』は渾身の虚仮威しだ。観る方はもちろん、演る方もダメージを受けないぎりぎりの威力になるよう調整されている。……試演段階でかなりの犠牲者を出しているが。治療者たちにはいい実習になったことだろう。
「そういうのといっぺん組んでみ? 場合によっちゃ攻撃されたのと同じくらいのダメージ受けるから、違和感だのなんだの言っていられなくなる」
まとめ役っぽい雰囲気を纏った五年目の男子学生がこの話題を振った学生に話を戻した。
「…………はあ」
彼の顔色が多少蒼褪めたのは『歓迎セレモニー』の疲労のせいばかりではないだろう。
彼らから少し離れたテーブルで軽食を啄んでいた女子学生が、何かを見咎めて声を上げた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
「ん、今食堂の方に走ってく人影を見たような……? 遅刻かな?」
入口にいちばん近い学生が廊下を覗き込む。
「……うん。遅刻らしいな。……いま女子寮長に抱き包められてる」
「抱き……くるめ?」
声が聞こえたらしい何人かが怪訝そうな顔をする。
「……羽交い絞め、とかじゃなくて?」
「うん。撫でまわされてるし。……あ、振りほどかれた。……奥に連行されてく。そろそろ新入生の自己紹介の時間だからちょうどいい、とか言われてるのかな?」
「……気の毒に」
空腹だろうに、遅刻してきたばっかりに自己紹介一発目とは。質問攻めが予想される。
……当然、
「面白そうだから見に行こう」
談話室の面々も腰を上げ始める。




