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翼の主  作者:
森の少女
1/36

ひろいもの

 ソレ、は、春の陽だまりの中に、ぼろ屑のように落ちていた。体のいたるところに浅いが無数の傷があり、薄い翼は裂けてそよ風にひらひらとなびいていた。

 まだ幼いソレは、自分の増長を深く後悔しながら、近づいて来る死の足音に怯えていた。さんさんと降り注ぐ陽射しを、うまく取り込むことができれば、回復も叶ったかもしれないが、全身を貫く苦痛がソレを妨げていた。

 不意に、ソレは地面から拾い上げられた。折れてくしゃくしゃになった翼がのばされ、きちんとした形にたたまれた。そのことが苦痛を少し和らげ、ソレに自分の周囲を確認させる余裕を与えた。

 ソレが苦痛に濁った目をうっすらと開けると、反対に覗き込んでくる幼い顔と目があった。

「よかった。まだいきてるみたい」

 そうつぶやいたこどもは、ソレをしっかり両腕に抱えると、危なっかしい足取りで――ソレはこどもの両腕いっぱいの大きさがあったので――来た方へ引き返して行った。

 こどもはソレを、質素な家に運び込んだ。

「おかぁさん。これ、おちてたんだけど」

 こどもが息を切らしてそう呼ぶと、長い髪を一つに編んで背中に垂らした女が、奥から顔を出した。

「落ちてた、って、今度は何を……」

 わが子が拾ってきたものを見て、母親は絶句した。

「……また、面倒なものを拾ってきたもんだねぇ……リンドブルムだなんて」

「だって……よぶんだもん。くるしいよぉ、いたいよぉ、たすけてって」

 母親は大きな溜息をついた。

「お前の耳がよく聞こえるのは承知してるけど……その子を助けると、しょっちゅうその声を聞かされることになるよ。リンドブルムは捕食者だからね」

「ほしょくしゃ?」

「自分が生きるために、他の生き物を捕まえて、糧とするんだ。……つまり、食べちゃう、ってことだよ。……お前はそれに耐えられるかい?」

「もうしんでるおにく、とかじゃ、だめなの?」

「そう、だめなの。この子たちが糧としているのは、血肉ではなくて、生命力そのものだから。……まあ、血肉も一緒に取り入れるけどそれはついでみたいなものだから」

 こどもが俯いて、唇をかむ。一生懸命、何かを考えている様子。

 実際のところ、『生命力』は糧として大きな部分を占めるが、代替品でも命をつなぐことはできる、ということはあえて伏せておく。

「せいめいりょく、って……それ、ころさないととりいれられないのかなあ?」

「どういう意味だい?」

「えーと……たとえば、あたしがまいにち、ちょこっとずつわけてあげる、とかじゃ、だめかなあ?」

「それじゃ、もたないね。助けたことにならない」

 『代替品』を効率よく変換する手段の一つに、幻獣との『契約』がある。だが、まだ幼いこどもには『契約』はかなりの負担となる。それに、この家の女には幻獣との『契約』を安易には行えない事情もある。

「……そうかぁ……」

「それに、そんな事をしてお前の成長が止まってしまうのは困る」

 うずくまるソレにじっと目を注ぐこども。ソレがわずかに首をもたげて、弱々しく鳴く。やがて、こどもは、決断した様子で顔をあげ、こう言った。

「じゃあ……がまんする。だから、このこ、たすけて」

 そうしてソレは、人の手によって生き延びられることとなった。

「まったく……あとで後悔しても知らないからね」

 そう言いながらも母親は、手早くソレの傷の具合を調べ、【癒しの手】で傷を塞いでいった。

「折れた翼は、自然にくっつくのを待った方がいいね。その方が丈夫になるし。……よかったね、おちびさん。見つけたのがうちの子で」

「ちび?」

「ちっちゃい子、ってことだよ。こいつは成長したら、このうちより大きくなるだろうからね。……そうなったら、小屋を建ててやらないといけないかもしれないねぇ?」

「おおきくなるまで、どれくらいかかるの?」

「さてねえ?十年かかるか、百年かかるか……そこまではわからない」

「じゃあ、あたしがこのこのおうちつくる。……ゆっくりおおきくなってね? ちびちゃん」

 ……そして、ソレ、は「ちびちゃん」と呼ばれる事になった。

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