ひろいもの
ソレ、は、春の陽だまりの中に、ぼろ屑のように落ちていた。体のいたるところに浅いが無数の傷があり、薄い翼は裂けてそよ風にひらひらとなびいていた。
まだ幼いソレは、自分の増長を深く後悔しながら、近づいて来る死の足音に怯えていた。さんさんと降り注ぐ陽射しを、うまく取り込むことができれば、回復も叶ったかもしれないが、全身を貫く苦痛がソレを妨げていた。
不意に、ソレは地面から拾い上げられた。折れてくしゃくしゃになった翼がのばされ、きちんとした形にたたまれた。そのことが苦痛を少し和らげ、ソレに自分の周囲を確認させる余裕を与えた。
ソレが苦痛に濁った目をうっすらと開けると、反対に覗き込んでくる幼い顔と目があった。
「よかった。まだいきてるみたい」
そうつぶやいたこどもは、ソレをしっかり両腕に抱えると、危なっかしい足取りで――ソレはこどもの両腕いっぱいの大きさがあったので――来た方へ引き返して行った。
こどもはソレを、質素な家に運び込んだ。
「おかぁさん。これ、おちてたんだけど」
こどもが息を切らしてそう呼ぶと、長い髪を一つに編んで背中に垂らした女が、奥から顔を出した。
「落ちてた、って、今度は何を……」
わが子が拾ってきたものを見て、母親は絶句した。
「……また、面倒なものを拾ってきたもんだねぇ……リンドブルムだなんて」
「だって……よぶんだもん。くるしいよぉ、いたいよぉ、たすけてって」
母親は大きな溜息をついた。
「お前の耳がよく聞こえるのは承知してるけど……その子を助けると、しょっちゅうその声を聞かされることになるよ。リンドブルムは捕食者だからね」
「ほしょくしゃ?」
「自分が生きるために、他の生き物を捕まえて、糧とするんだ。……つまり、食べちゃう、ってことだよ。……お前はそれに耐えられるかい?」
「もうしんでるおにく、とかじゃ、だめなの?」
「そう、だめなの。この子たちが糧としているのは、血肉ではなくて、生命力そのものだから。……まあ、血肉も一緒に取り入れるけどそれはついでみたいなものだから」
こどもが俯いて、唇をかむ。一生懸命、何かを考えている様子。
実際のところ、『生命力』は糧として大きな部分を占めるが、代替品でも命をつなぐことはできる、ということはあえて伏せておく。
「せいめいりょく、って……それ、ころさないととりいれられないのかなあ?」
「どういう意味だい?」
「えーと……たとえば、あたしがまいにち、ちょこっとずつわけてあげる、とかじゃ、だめかなあ?」
「それじゃ、もたないね。助けたことにならない」
『代替品』を効率よく変換する手段の一つに、幻獣との『契約』がある。だが、まだ幼いこどもには『契約』はかなりの負担となる。それに、この家の女には幻獣との『契約』を安易には行えない事情もある。
「……そうかぁ……」
「それに、そんな事をしてお前の成長が止まってしまうのは困る」
うずくまるソレにじっと目を注ぐこども。ソレがわずかに首をもたげて、弱々しく鳴く。やがて、こどもは、決断した様子で顔をあげ、こう言った。
「じゃあ……がまんする。だから、このこ、たすけて」
そうしてソレは、人の手によって生き延びられることとなった。
「まったく……あとで後悔しても知らないからね」
そう言いながらも母親は、手早くソレの傷の具合を調べ、【癒しの手】で傷を塞いでいった。
「折れた翼は、自然にくっつくのを待った方がいいね。その方が丈夫になるし。……よかったね、おちびさん。見つけたのがうちの子で」
「ちび?」
「ちっちゃい子、ってことだよ。こいつは成長したら、このうちより大きくなるだろうからね。……そうなったら、小屋を建ててやらないといけないかもしれないねぇ?」
「おおきくなるまで、どれくらいかかるの?」
「さてねえ?十年かかるか、百年かかるか……そこまではわからない」
「じゃあ、あたしがこのこのおうちつくる。……ゆっくりおおきくなってね? ちびちゃん」
……そして、ソレ、は「ちびちゃん」と呼ばれる事になった。