抹殺後
「あの……」
背後から声をかけられた。南塚圭によく似た、これも痩せた女性。恐らく、南塚圭の母親だろう。夫を殺されたというのに、今まで沈黙を守り続けていたから、俺も途中から存在を忘れていた。
「何方かは存じ上げませんが……こんな事を言っていいのかはわかりませんが、ありがとうございます……。実は、私も……これを……」
「……あぁ、青酸カリか……」
つまり、この母親も丁度、南塚浩士を殺そうとしていたのだ。と、言う事は俺はただ都合のいい役を引き受けてしまった事になる。ああ、なんたる不覚、自らの暇潰しなのに感謝されてしまうだなんて。
「致死量には程遠いね、これくらいじゃ死なないと思うけど。それくらい勉強したら?」
「……とにかく、ありがとうございます……今回の事は、どうか警察にはご内密に……私も、貴方も」
「内密?……ああ、」
内密と言われて思い出した。そういえば暇潰し現場、この親子に見られているんだった。と、いうことは予定変更。最初は依頼者の南塚圭だけを殺すつもりだったけど、母親も殺さなければね。
「うん、どっちが先がいいかな……」
先程収納した鎌をまた伸ばす。瞬間、目が見開かれる。俺の言葉の意味を悟ったらしい。南塚圭を抱きしめると、「まさか……私達まで?」と俺に聞いた。当たり前、と笑って言うと、途端に青くなってその場に崩れ落ちた。そんな親子に俺は鎌を向け、
「さて、じゃあ可哀想だから二人一緒に逝かせてあげる。」
刃の部分は長いし、二人くらい一気に首を取るなんて簡単な事。痛みを感じる事のできるように、ゆっくりと斬っていく。硬い骨をも両断して、首から上と、首から下とで切断する。さっきの血と、二人の血が混ざり合ってまるでいつか絵本で見た地獄のような紅色の世界。ただの民家の面影を残さず、ただ一面の血と、多少の返り血がズボンに付いた俺だけがここに在る。……完全に、逝ったな。
ふう、と溜息を吐いて今度こそ鎌をしまう、とその前に。放ったらかしだった南塚浩士の胴体を更に二つ、四つと切り刻む。先程より固くなった肉が多少の抵抗感を感じさせる。最近、人を殺す機会なんてなかったから、ただの憂さ晴らしさ、と呟いて、原型を留めない程までに斬る。そして、残ったのは、ただの赤と、時々白が見える物体。これが元々人間だったなんて、思わないだろうな。
手元の腕時計をチラリと見る。午後八時。大体一時間くらい殺していたのかな。一般人相手だからかなり早く済んだな。意気揚々と施設へ帰ろうとしたその時、ある男の言葉が脳裏に浮かんだ。
「ボスが呼んでるぞ」
思い出さなくていい事を思い出してしまった。ボスに呼ばれる事は、特殊抹殺部隊隊員にとって名誉でもあれば恐怖でもあるのだ。もしかしたら昇進できるかもしれない。しかし、何かしらボスが気に入らない事があったらその場で殺されてしまうかもしれない。本気のボスに敵う人なんて到底いないだろうから、殺されるとなったら抵抗なんて出来ない。だから出来れば行きたくないのだけど……。今日中にいかなければボスの機嫌がどうにかなってしまいそうで怖い。これはゆっくり帰るとは言ったものの、少々急がなければ行けないか……? ボスが寝るのは日によってまちまち。少しだけ急ぎ足で帰ろう。そう思って、俺は急いで武器を片付けるのだった。