捜索→削除準備
施設に戻ってからの俺の行動は早い。まず、戸籍なんてものは簡単に調べられる。南塚圭の家族構成を調べて、父の名前、職業を把握する。名前は南塚浩士、職業は中堅企業の社員。と、いう事は……残業も視野にいれて五時あたりから十時あたりまで粘ればいいかな。住所みたところそこまで遠くはないし、それくらい粘っても差し支えはないだろう。本当はさっきその場で殺すつもりだったから準備は整っているし……空腹を満たせばすぐにでも行ける。まだ三十分あまり時間はある。ざっとカップラーメンでも作って食べようかな。調べる為に起動させていたノートパソコンを閉じると、支給品にあったカップラーメンを探す。この部屋はキッチンも完備だから大抵の物は作れるし、足りなかったら頼めば支給される。"殺す"っていう部隊の施設じゃなければ誰でも住みたがるだろうな。
見つけたカップラーメンはカレー味だった。シーフードが食べたかったのに、とブツブツと呟きながら湯を沸かす。沸騰してから注ごうとして、タイマーをかけておくのを忘れてたと今更気が付く。久しぶりの暇潰しに思った以上に興奮しているらしい、そう自分で気付いて、しょうがないから大体感覚で三分間計ることにした。
感覚的には、これくらいが三分だと思う。そう思った瞬間バッ、と押さえていたフタを開放する。……勝った!
「……って俺は何やってるんだ……」
これでかなりの時間ロス。……俺は馬鹿か。カップラーメン一つに時間をこんなに費やすなんて。自己反省、自己嫌悪。ズルズルと無心で麺を啜って、スープまできっちりと飲み干す。その間二分と少し。作ってる時間より短いじゃないか。
ポイ、とゴミ箱に空のカップを捨てて、立ち上がる。ここからは真面目に抹殺に行こう。ようやく、俺の暇潰しが本格スタートするのだ。別に施設を出る時も報告なんていらない。ただ、帰ってくる事は暗黙の了承になってはいるが。
「んー……と、歩いて二十分くらいかな」
五時にはなんとか間に合いそうだ。別に急ぐ必要もなさそうだから、無駄な体力は使いたくない。ぶらぶらと歩きながら目的地の南塚圭の自宅前を目指す。そこに居れば恐らくいつかは遭遇できるだろう。
「それにしても……ちょっと薄着だったかな」
いくら夏が近付いているとはいえ、夜は少し肌寒い。一日中晴れていたのだから尚更だ。いつものように何も羽織らず、シャツ一枚にネクタイを緩く締めるだけという随分ラフな格好で出歩くには、少し無理があったかもしれない。けれど、今更出直す訳にもいかないから我慢、だ。これくらいで五時間粘れない程俺は軟じゃないからね。
そうこうしてる間に目的地近くへと来ていた。現在四時五十五分、大体妥当な時間だろう。南塚圭の家は……っと、
俺は一瞬立ち止まって目を見開いた
「以外に……でかいな」
中堅企業でここまでの家を建てられるのか。正直侮っていた。ここまでの家を建てられるという事は裕福、それで南塚圭のあの細さはやはり食事も与えられていないのだろう。
近くに隠れられる場所がないかときょときょとと見渡す。できれば茂みなどに隠れていたいのだが……南塚圭の家の花壇でいいか。これも南塚の為だ。本来は侵入なんて趣味じゃないからしないが、今回はイレギュラーだ。仕方が無いから街灯から誰が来たかを見る事のでき、かつ目立たない場所に隠れる。長期戦は覚悟の上、俺は静かにその場にしゃがんだ。
現在、午後七時。居酒屋で飲んでるか浮気の線だな。そろそろ殺したい。早く帰って来てくれ。うずうずしながら空を仰ぐと、微かに、何かの喚き声が聞こえた。家の中から、ということは十中八九南塚圭だな……犯人は母親とみていい。これより酷いって事は一体どんな奴なんだろうか。
ずっとじっとしているのも退屈になり、立ち上がって軽く伸びをする。ポキポキと関節が鳴る。そろそろ帰って来てもおかしくないのだけれど……、
「……ん、」
遠くに見える影。明らかにフラついて、覚束ない足取りでこちらへ向かっている。きっとあれがそうなんだろうな、と俺は悟った。あれじゃなかったら誰を殺せばいいのか分からないよ。女じゃなくて、酒だったか。……いや、どちらも、の線が濃いかな。そっとその場を離れて、家に入るのを待つ。歩くのが遅いから焦ったい、本当は今すぐにでも殺してしまいたいけれど、南塚圭の目の前で殺してしまいたいから、少し我慢。
やっと、玄関まで辿りついた。鍵を取り出すのに手間取って、それから面倒になったのか扉をバンバンと叩いて叫んだ。あまりにも煩かったので耳を塞いでいたから内容はよく聞き取れなかったけれど、開けろとかなんとか言っていた気がする。それから数秒後、キィ、と扉を開けた音が耳に入り、その瞬間俺は走り出した。たった数メートルの短い距離、だけど、扉が閉まる前に家の中へと入らなければ。
ヨロヨロと家へと入る南塚圭の父親、南塚浩士を後ろから突き飛ばす。ひ、と短い悲鳴は扉を開けた母親の物か。ガン、と気持ちいいくらいに豪快な音を立てて頭を強打して南塚浩士はむくりと立ち上がった。あ、もしかしてお怒りになりましたか。
元々酒で赤い顔が怒りでさらに赤く、フラフラした足取りはさらに覚束なくなっていく。少し距離を取って、昼から準備した金属製の塊をベルトに付けたポケットから取り出す。そして、一気に伸ばすと丁度刃の部分が南塚浩士の首元に当たった。あと少しでも動けば切れそうな危うさ。俺がいつも使用している武器は鎌。内側だけでなく外側にも刃が付いている。その為、伸ばした時うっかり切っちゃったりだとか、そういう事も無くはないのだが。
「ね、おじさん。今どういう状況かわかる?」
そう聞いても、南塚浩士は何か喚くだけ。言葉にならない音なんて聞く価値はない。早いとこ南塚圭を出して殺しちゃおう。
「おじさん、俺はね、四ツ田八尋って言うんだ。俺、おじさんの事抹殺するね」
俺は、今俺ができる最高の笑顔を作った。