お楽しみ
「……っとー?どっかになんか悩んでそうな……いかにも、誰かの事恨んでそうな人いっないっかなー」
人通りの少ない公園を歩く。憂鬱を抱えた人間は、大抵煩い場所を好まない。少なくとも、俺の経験上こういった場所の方がそういう人に遭遇する確率が高い。それに、そういう人間は見る人が見ればわかるものだ。明らかに他とは違う感情が表に出ている。そういう人に忍び寄るのは簡単……例えば、あの人みたいに。
見つけた今回の標的は痩せ細った、恐らく俺より少し年下の少年。長い前髪の下には青痣が微かに見える。光のない細い目、暗い表情……ああ、いい標的だ。そんな少年を目にして、俺はほくそ笑む。なんて汚れた人間なんだろう、我ながら。人の憂鬱を娯楽として生きるなんて……でも、それが楽しいのだから仕方がない。全く以って外道だとは知ってはいるけれど。
そっと歩みよって少年が腰掛けているベンチに座る。
「……ねえ、なんでこんな所にいるの……?」
囁くように、いかにも優しい、味方を気取って。「学校は?」俺こそ学校なんて行ってないのに、その少年に問う。そういえば、部隊に入ってから学校になんて行ってないな。別に行く必要性もないのだけど……。少年は、いきなり声をかけられた事に戸惑ったのか、それともまた違う理由なのか少々狼狽えて、つっかえつっかえ話始めた。
「学校は……行けない、です。……それより、お兄さんは……?」
「俺ー?……まぁ、そこらへんに住んでるお兄さん、だよ。困ってる人を見るとほっとけない質のね。それより……何で行けないの?誰にも言わないから、お兄さんに言ってご覧?」
困ってる人をほっとけない質だなんて、嘘に決まっているけれど。まぁ、欲がそそられるという意味では放っておけない、というのは嘘ではないかもしれないけど。
「え……?」
「大丈夫……全く知らない人の方が案外話しやすい事だってあるだろう?」
これくらいの子供なら落としやすいから、これくらいで吐いてくれるか。優しいお兄さんの仮面の下でこんなにも残酷な事を考える。これからこの少年も殺さなければならないと考えると身体中の血が沸き上がる程興奮する。だから変人と言われるのか。
「あの……ね、僕は南塚圭って言います。小学校通ってて……それで……っ、」
少年……いや、南塚圭はそこで言葉を切って俯いた。微かに肩が上下する。荒い呼吸と鼻を啜る音が耳に入る。泣かないで、とわざとらしく背中を撫でる。それだけで潤んだ瞳を此方に向けて、口を開く。ああ、落ちたな。南塚圭はもう、俺に全てを話すだろう。そして、俺がその事実を知る最後の人間となる。殺す対象が君以外に表れるかは別として。
「いじめ、られてて……それでお母さんから叩かれて、蹴られて……」
いじめは予測済みだったけれど、成る程。親からの虐待との二重苦か。それでこんな痩せて、痣できて……そこまで珍しい話ではないけれど、少し同情する。そこまで追い詰められていれば、人一人くらい殺したくもなりそうだが。
「へぇ……それで、犯人は誰?一番大嫌いなのは、誰?」
「……っ、だい、きらい…………お、とう、さん」
「お父さん?あれ……お父さんにも叩かれたりしているの?」
「違う、の……お父さんはお母さんが嫌いだから……だからお母さんは僕の事が嫌いになって、それで……叩くの」
標的がはっきりしてきた。この子が一番滅したいのは母でもいじめた子でもなく、父か。恐らく、浮気とか酒飲みとか……色々しているんだろうな。そんな家庭が多くなっているからね。誘導すればこれを殺意に持ってこれるか……?
「そっか。じゃあ……お父さん、嫌い?」
問いかけると、コクリと頷く。ついで、憎いか、と問う。これにもコクリ。それなら、殺したいくらい? そう聞くと、少し迷って。
「誰にも言わない?」
そう聞かれたから、薄く微笑んで頷いた。その瞬間、南塚圭もコクリと頷いた。……これで交渉は成立。「……じゃあ俺が、南塚君のお手伝いをしてあげる。南塚君は明日になったらきっと、もう叩かれることも、蹴られる事もないよ」そう言って優しく頭を撫でた。
「本当!?」
目がキラキラと輝いて、声が上ずる。お手伝いの意味なんて、わからないよね。わかってたら、こんなに喜ぶ筈はないんだけどな、この年齢で。
「お兄さんは嘘つかないよ。それじゃあ……明日、ここで同じ時間に。それでいいかな?」
嬉しそうに頷いた。ああ、明日その顔がどんなに歪むんだろう。楽しみで仕方がない。夕暮れの逆光に目を細めながら南塚圭に手を振って元来た道を辿る。距離をとってから立ち止まる。
「……っ、あはははははは!!」
誰もいない、確認したら途端に笑い声が口から溢れ出した。なんて可笑しい、また俺の暇潰しが始まるんだ。明日……いや、今日の深夜までに南塚圭の父親を殺す。何も知らない少年を唆して、狂気に沈める。それからは抹消。これで俺の存在なんて、俺がやったことなんて、一般人にはわからないんだ。
俺は悠然と微笑むと、南塚圭の父親の情報を集める為に部隊施設へと走った。