2-4 「異変」
「行ってきます」
「おう!今日も一発ぶちかませ!」
また、わけわかんないことを。変なお父さんだなぁ、僕の父さんは、なんて思いながら集合場所へ向かう。集合場所には零が待っていた。
「零君、おはよう」
いつも先にいて、挨拶をすると、やっと来ましたか、という感じ(これも長年の積み重ねでようやく感じ取れる微々たる変化なのだ)で挨拶を返してくるはずが、今日は返事がない。
「零君?」
零はじっと立也を見つめていた。立也と零は幼稚園の頃からの仲で、給食も受験も一緒に経験してきた。ほとんど動きのない零の表情でも立也はなんとなく感情が読み取れた。でもいまの零を立也は理解できない。こんな零をみたことがないような気がした。どうしたの、と聞きかけたとき、背後から声がする。
「おはよーごめん、ちょい遅刻かな?」
歩も小学生の頃からの仲だ。特有の鋭い洞察で、時々零のことを自分よりもわかってる、と思うこともある歩。歩にならわかるかな、と振り向いた。
「おは、よ・・・どした?変な顔しとるぞ」
立也のピントは、いぶかしみながらこちらへ歩いてくる歩ではなく、その後ろから付いてくるものに合わされている。
人間の身の丈の2倍はあろうかという、でかい、ハエだった。
「あ・・・・うぁ、歩ちゃん!後ろ!後ろ!」
「え-っ?・・・なに?脅かしてんの?もうやめてよ、私そういうの嫌いなんだから」
平気で振り返り、またこちらに笑みを返す歩。
言葉を失い、血の気も失い、眩暈でくらくらする立也に追い討ちをかけるように、ハエはこちらに前足を振り、にこやかに「おはようございます」と言った。振り上げられているのは左足だった。「おはようござい」までは聞こえた。ハエが「ます」まで発したのかは立也にはわからない。
「た、タツ!?」
「立也!」
立也は何も言わず、鞄も取り落として、全力で走り去った。
動転して走り続ける立也は、自分の世界が一変していることを知る。ハエだけじゃない。アリみたいなやつもいたし、ゲームでリザードマンとかいって出てきそうなトカゲの化け物、道の端から端まで占領してるカエル、宙を泳ぐ魚らしき生き物。見たことあるようで、全然知らない生き物があちこちに、当たり前のように。
その上その変化に戸惑っているのは自分だけのようだった。みんな元々こんなのが見えていて、だから無反応なのか、それとも全然見えてないから平気なのか。そんなことすらわからなくなりながらも走り続ける。
立也はなんとか大回りしながらも家に着いた。目を丸くする父に、今日学校休む、とだけ言って布団にもぐりこんだ。父にどう問い詰められても頑として閉じこもり、布団で蹲り、奴らが中に入ってこないことだけを祈って目を瞑った。