第1幕 「内気な少年・大地立也」 1-1 「父子」
朝、大地立也は目覚める。時刻は午前5時58分。目覚ましは6時にかけてあるのだが、いつも一歩手前で目が覚め、鳴る前にスイッチをオフにしてしまうので、目覚まし時計には嫌われるタイプの人間だろうなと、いつも申し訳ない気持ちになる。目覚まし時計を寝ぼけ眼でアンニュイに見つめていると、これまたいつも通りの声が響く。
「たつや~?起きたか~朝飯作るぞぉ!ふぁ~あ」
「うん、今日はパンかな」
覚醒とほぼ同時に襖一枚隔てた隣の立也を朝食クッキングに誘う。父・守のいつからかの日課である。それに洋食でいくか和食でいくか、はたまた特別版でいくかを応えるのが、息子・立也の日課。
「うっし!今日も元気に行ってみよう」
元気良く起き上がって、布団をぼんっと畳み、守は台所へ向かう。だから、しわにならないように畳んでくれといつも言ってるのに、と後で登校前にいつも自分が畳みなおす父の布団を思いやりながら、立也も布団を畳んで、台所へ向かう。
台所では、既に守がトーストを作り始めていた。
「おはようさん、玉子頼むよ!先生」
「うん。おはよう、父さん」
ここでようやく朝の挨拶をして、立也は玉子焼きに取り掛かる。守はフライパン、というかアナログチックな調理器具と致命的に相性の悪い人で、自分が玉子焼きをつくるということは、戦士がベホイミを使うようなものだと言っている。おかげで、玉子焼きにはそこそこ自信のある立也は、卵を割る。片手で割って、殻が入ってしまわないか、卵白がどれだけ手に付くか、は洋食版朝食時の、ちょっとした運勢占いだ。
ぱりっ、ぱりっ、ぱりっ、ぱりっ
「今日はどうですかな。先生」
「3つ目で殻入っちゃった。でも・・・・・・ほら、取れた。ほとんど被害なし。上々かな」
親子はにっこり笑いあう。全くいつも通りの大地家の朝だった。