4-3 「世界の在り様②」
「僕の知る限り、魂は”生きている”ということに対してほとんど必要十分条件だ。だが、どんなルールにも例外がある。」
「どんなものにも宿ってるって言ったばかりじゃないですか」
「まあ、そうだが、そうとしか考えられない人物が1人いる。」
すごく嫌な予感がする。
「・・・・・・もちろん、君だ」
・・・どう反応していいのかわからない。最初っから最後まで全部嘘っぱちで、単に自分を惑わせようとしているようにも思うし、全部本当でとんでもない告知を受けたようにも思う。だが結論はいずれにせよ、同じ言葉だったから、それを口にする。
「信じられない、というか、わけがわからない」
「・・・・・・だが恐らく事実だ。目に見えない化け物、いや私流に言うなら死霊、が見えるようになったのも、犬の死屍に襲われ、撃退できたのも、すべては君が君自身の魂を失ったからだ。」
思い出される。化け物、いや死霊が見えるようになる前の日。そう、期末試験の最後の日。チケットが渡せなくて、居間で寝てしまって・・・あの時、あの時、僕はあの黒い気配になにをされたのだろう。夢じゃなかったのか。いや、夢でないことは、既に知ってるじゃないか。だって世界が変わったのはあの時からなんだから。
「立也君。しっかりしたまえ」
基に声をかけられて我に返る。背中が汗でびっしょりだ。
「なにか思い当たることがあるんじゃないか。話してほしい。力になれるかもしれない。いや、なれなくても・・・・・・私には君を守る義務がある」
「どういうことですか」
「・・・・・・今は、聞かないでくれると助かる」
基はひどく言いづらそうだったし、今はそれよりも黒い気配になにをされてしまったのかを聞いてもらう方が先だと判断し、その事を基に話してみた。
聞き終わると基は、今にも泣き出しそうな顔になって、顔を伏せた。
「やはり・・・そう、か」
不安に苛まれ続けて、そろそろ立也の神経は限界に近い。どういうことなんですか、と少し苛立ちながら問質す。
「君はやはり例外の1例だということだ。君は多分『たまかけ』にされた。」
「『たまかけ』?」
「精神・肉体を適切に備えながら、それでいて魂を持たない、いわば抜け殻の状態。原理的にはありうる存在・・・・・・というより原理的にしかありえそうもない存在だ」
自分が抜け殻だといわれてもしっくりこない。実際今こうしてものを考えている自分は何なのだ。意を察して基が言葉を次ぐ。
「思考・感情は精神によってなされる活動だ。魂はあくまで、その存在に付きまとう証明書のようなものだ。実質的な機能はほとんど持たない。」
「その証明書、魂っていうのがないなら、どうして僕はいまここにいるんですか」
「それは・・・・・・」
基はいっそう言いづらそうに、でも立也の目をしっかり見て言った。
「別の人間の魂が代わりに中にあるからだろう。」
「別の?」
瞬間、犬の死屍と戦っているときの声を思い出す。もしやと、まさかがせめぎ合う。ともかくも心に浮かぶ質問をぶつけてみる。
「じゃ、じゃあ、僕の魂はどうなったんですか」
「多分今君の中にある魂の代わりに『たまのみ』にされて、魂蔵の中だ。」
「『たまのみ』?魂蔵?」
「本来生者も死霊も死屍も魂が滅び、次いで精神、肉体が朽ちる。だから、魂だけの存在というのは普通ではありえない。だが・・・原理的にはそういう存在がいてもおかしくない。それを私は『たまのみ』と呼んでいる。『たまのみ』はそれだけでは非常に不安定で試したことはないが放っておくと恐らく変質する。そこでそれを抑えるために『たまのみ』を入れる器が魂蔵だ」
「『たまのみ』・・・・・・」
「信じられないかもしれないが、私は実際に『たまのみ』を知っている」
「・・・・・・その、魂蔵というのはどこに?」
「今の所在はわからない。魂蔵の形は自在だ。その黒い気配が持っていることは確かだろうが・・・」
なんだか気が遠くなってくる。不安で心が潰れそうになる。
「要は、結局なんなんですか。僕はどうなるんです」
「とりあえずの問題として、君は君の肉体・精神に他人の魂が宿った存在だ。そのせいでいろんな死者、つまり死屍と死霊に狙われることになる」
「なんでそんなことわかるんですか」
「私はもう1人君のような存在を知っている。彼も誕生以来いろんな死者に付け狙われている」
「じゃ、あの犬みたいなのにこれからも襲われるってコトですか」
「いや、もっと強力な死者も襲ってくるだろう。」
そんな、という顔で立也は固まる。