第9話 ドレス店(4)
お茶会に参加したニコラスの母は、来ると思っていたソフィアの母の欠席に驚いた。
「欠席?」
テストが終わったこの時期に毎年開催されるお茶会で、いつものようにソフィアの母と話そうと思っていた。
それに、なぜだか周りの様子がおかしい。
普段なら誰かがあいさつ程度には寄ってきてくれるはずなのに。
「よく平気で来られるわね」
「可哀想よね」
ひそひそと会話されている話は何のことだかわからない。
ニコラスの母はジョシュの母に近づこうとしたが、なぜか避けられた。デニーの母も見つけたが、すぐに向こうへ行ってしまう。
なぜかしら? 避けられている気がする。
ニコラスの母は、一人でテーブルにつき紅茶を飲んだ。
「……あら? もしかしてフランドル侯爵夫人?」
身なりの良い綺麗な黒髪の女性がニコラスの母に声をかけてくれた。
「はじめまして。私、ルーカス・ウィスローの母です」
ウィスロー公爵の子息が第二王子の側近だと気づいたニコラスの母は慌てて立ち上がる。
「ニコラス・フランドルの母です。お声掛けありがとうございます」
「そういえば、残念ながら初等科から一度も同じクラスになったことがないですね」
優しい笑顔で微笑むルーカスの母に隣に座って良いかと尋ねられたニコラスの母は、もちろんですと答えた。
まさか公爵夫人から声を掛けられるとは思っていなかった。
なぜクラスも一緒になったことがない、格下の侯爵家に声をかけてくださったのか。
一人で可哀想と思ってくださったのだろうか?
だが、その予想はすぐに崩れることになった。
「婚約破棄はなさいませんの?」
突然の言葉に意味が分からないニコラスの母は「えっ?」と驚いた。
その反応にルーカスの母も驚く。
「……まさか、ご存じないのですか?」
ティーカップをソーサーに置くと、ルーカスの母は困った顔で微笑んだ。
「なぜブライト侯爵夫人が欠席されているのか、ご子息が普段どう過ごされているのか」
確認することをお勧めしますと、ルーカスの母は席を立った。
「え?」
ソフィアの母が欠席した理由?
ニコラスがどう過ごしているか?
どういうこと?
お茶会の途中だったが急いで屋敷に戻ったニコラスの母が目にしたのは、とても信じがたい光景だった。
「……何を、しているの?」
ベッドの上であられもない姿をしている息子と知らない女の子。
まだ下着は身に着けているので未遂なのか、今日だけではないのかはわからない。
わかるのは、ソフィアではないということ。
「……ニコラス、そのお嬢さんは誰?」
急いで父を呼ぶように使用人へ命令し、ニコラスの母はソファーに倒れ込むように座った。
「本日奥様がお出かけになった一時間後にお越しになりました」
女性を連れてきたのは初めてですと執事は報告する。
「先ほどまでこのリビングで過ごしておりましたが、何か見せたいものがあるから少しだけ部屋へ行くと、奥様には伝えてあるからとニコラス様は言っておりました」
金髪青眼だったので婚約者だと思ったと、執事は頭を下げる。
執事とソフィアに面識はない。
金髪青眼という特長のみでソフィアではないと見分けるのは無理だろう。
彼女も金髪青眼だったから。
「どうした、なにがあった?」
商業ギルドの会合に出席していたフランドル侯爵が慌てて戻ると、母はフランドル侯爵に泣きついた。
オリビアを馬車で送るように手配し、ニコラスは部屋で謹慎。
すぐにソフィアの父であるブライト侯爵の元へ謝罪に。
当然許されるはずもなく、ソフィアに謝罪したいと申し出ても、もうソフィアはここにいないと断られた。
会わせたくないだけだと思ったが、ソフィアの弟ロンドが「お姉ちゃんを返せ!」と泣き叫んだのを見たニコラスの両親は、本当にソフィアがここにはいないことを知った。
「婚約破棄を」
女性側から言うことはタブー。
だが、ブライト侯爵はソフィアをニコラスの所へ嫁には行かせられないと、フランドル侯爵に願い出た。
一生独身で構わない、傷物令嬢扱いされても構わないので破棄してほしいという切実な願いに、フランドル侯爵は頷くしかなかった。
その場で婚約は破棄に。
ようやくソフィアを解放してあげることができたと、ソフィアの母は泣いた。
すぐに母はソフィアに婚約が破棄されたことを知らせる手紙を書いた。
そしてお世話になっている店長マティにも。
八年間我慢し、ようやく解放されたソフィアは母からの手紙を見ながら泣いた。
母親の代わりだと心の中で言い訳しながら、マティはソフィアの背中を撫でながら抱きしめる。
泣きつかれて眠ってしまったソフィアを抱き上げたマティは、ソフィアの部屋へ連れて行き、ベッドの上で目の横にそっと触れた。
眠りにくいだろうとポニーテールをしているリボンをほどくと、綺麗な金髪がふわっと広がる。
棚の中にはたくさんの教科書。
机の上には生地の特長などをまとめたノート。
マティは扉の横のクローゼットにかかっているピンクのドレスに気が付いた。
六歳のソフィアに作ったドレスを、まさかまだ持っていてくれたなんて。
ドレスは着られなくなると処分するのが一般的。毎年新作が発表され、毎年のようにドレスを新調するため置き場がなくなるからだ。
ドレスは背中の留め具の位置が何度も直されており、たくさん着てくれたことがわかる。
でも状態はとても良く、大切に着てくれていたようだ。
ここへ来る時に持ってきた荷物は最低限。
その最低限の荷物の中に、このドレスも含めてくれたなんて。
あぁ、ダメだ。
この感情は持ってはいけない。
二十歳も違う彼女に。
マティは首を横に振ると、静かにソフィアの部屋から退室した。




