第8話 ドレス店(3)
「ソフィア! ちょっとそこに立って」
マティに言われた場所に立つと、身体に布がグルグルと巻きつけられた。
「ちょうど同じくらいの身長だから使わせてくれ」
私はマネキンの代わり?
マティの手が綺麗なドレープを描いていく。
一瞬で完成した流れるような優美なラインは、上から見るとまるでバラの花びらのようだった。
「歩きにくいか?」
一歩足を動かすと、ドレープがふわっと揺れ動く。
「大丈夫です。足元もちゃんと見えます」
「そうか。そういう感想は助かる」
俺ではわからないからと言いながら待ち針で簡単に布を止めたマティは、スッとドレープを外し、奥の作業場へ持って行ってしまった。
「……すごい」
マティはやっぱり魔法使いだ。
あんな一瞬で形を作ってしまうなんて。
憧れの人に教わることができて本当にうれしい。
目の前で魔法を見ることができて幸せすぎる!
「ねぇ、ソフィアはさぁ。学園の勉強もしているでしょ? 大変じゃない?」
「毎日遅くまで明かりがついているよね」
お針子の先輩たちとお昼ご飯を食べながら雑談するこの時間も結構好きだ。
最年長は四十八歳、先代の時からいるベテランさん。そして次が四十歳のユーリ。
やっぱり母と同じくらいの年齢だった。
最年少はもちろん十五歳のソフィアだ。
「わからないところがあると、ずっと悩んでしまって」
「教えてあげる! って言いたいけれど、勉強苦手で」
「私も無理~。テスト後ろから何番だったもん」
「最下位でしょ」
「さすがに最下位にはなったことないって」
ホントだってばと笑うキャシーを見ながら、みんなでまた笑い合う。
本当にここで働けて良かった。
ソフィアは楽しい会話を聞きながらパンを口に入れた。
「でさ、実際、店長とどうなの?」
急に言われた変な質問に、パンが喉に詰まりそうになったソフィアは、口を手で押さえ必死でパンを飲み込んだ。
「あー、私も気になっていた~」
「な、なんにも、どうって、なんにも、その」
動揺するソフィアにキャシーは怪しい~と笑う。
「六歳の時、ドレスを作ってもらったことがあって……」
マティに作ってもらったドレスを見て『ドレスクチュリエールになりたい』と思ったとソフィアはみんなに話した。
「……魔法使いみたいだなって思って」
憧れのドレスクチュリエだと言うと、キャシーは「なぁんだ」と肩をすくめる。
「ねぇ、そのドレスってピンクのバルーンスカートの?」
「そうです。裾にかけて色が濃くなっていて、袖がパフスリーブの」
ソフィアがパフスリーブを手で丸く表現すると、最年長のアデラが目を見開いた。
「あなたのだったのね」
金髪青眼のソフィアにあのピンクのドレス。
だから当時あんなにマティが悩んでいたのかとアデラは納得した。
薄い色ではぼやけてしまう。
濃いピンクでは金髪が映えない。
だからマティは自分で染めてグラデーションにしたのだ。
「店長四十でしょ。こんな可愛いソフィアはもったいないよね~」
ベスが笑うと正面に座っていたユーリが気まずそうな顔で「後ろ、後ろ」と指を差した。
「え? 後ろ?」
ベスが後ろを振り返ると、そこには腕を組んだマティ。
「まだ三十五だ」
四十じゃないと言うマティに、ベスは「大体四十じゃん」と言いながら急いで逃げていく。
ソフィアはベスの逃げ足の早さに驚き、思わずくすくすと笑ってしまった。
◇
十二月に入ってすぐ、ソフィアは学園のテストを受けた。
解けない問題もあったが、できる限り頑張ったつもりだ。
「ソフィア」
「はーい、すぐ行きます、マティさん」
マティに呼ばれたソフィアは一緒に作業をしていたサリーとキャシーに残りのスパンコールをお願いし、立ち上がった。
「よくがんばったね」
手渡された書類はブライト侯爵邸から送られてきたテストの結果だった。
どの教科の先生も、ソフィアが間違えたところに×を打つだけではなく、コメントを書いてくれている。
教科書の何ページに書いてある。
ここで計算を間違えている。
課題の応用問題だった。
詳しい解説と類似問題を準備してくれた先生もいる。
「みんなソフィアを応援してくれているね」
点数は全教科八十点以上だった。今年の勉強はクリアだ。
母からの手紙には、『卒業できなかったら修業は終わりです!』という脅しが書かれていたが、よくがんばったね、えらいねと最後は褒めてくれていた。
その手紙に涙が溢れてくる。
「大変だけれど頑張って卒業しよう」
マティの言葉にソフィアはうんうんと頷いた。
「明日からミシンも始めよう。ユーリに言っておく」
「ありがとうございます、マティさん」
泣き顔で微笑むソフィアの表情にマティはドキッとする。
「あ、あと一月に王宮に行く。王妃様のドレスの打ち合わせだ」
「王妃様のドレス! すごいですね、マティさん」
「ソフィアも一緒に行くんだよ」
わかっている? とマティから確認が入る。
「えぇっ!」
「ドレスクチュリエールになるのだろう? お客様がどういう風に要望を言ってくるか体験しないとね」
マティの言葉に、ソフィアは目を見開いた。
本当にドレスクチュリエールになれるように考えてくれている。
やっと布の名前と色を覚えた程度の自分に。
「ありがとうございます」
ソフィアは涙を手の甲で拭いながら、マティにお礼を言った。




