第6話 ドレス店(1)
「他にも? 縫い目が見たいけれど、見せられるものはある?」
「自分の部屋にいくつかあるので持ってきます」
私が作った物を魔法使いのお兄さんに見てもらえる日が来るなんて。
どうしよう、一番うまくできたのは今日着ているワンピースだから見せられないし。
あ、でもあの花柄のワンピースも結構上手にできた気がする。
ソフィアはソワソワする気持ちをできるだけ見せないように気をつけながら応接室を退室する。
「本当に働かせるおつもりで?」
「正直な気持ちを言わせてもらえるのなら、娘が働くなんて想像もしていませんでした。実は七歳の時にあの子はクチュリエールになりたいと泣き叫んだことがあります。あの子が泣いたのはその時と先日の件だけです。ご迷惑だと思いますが、私たち親子を助けてもらえないでしょうか?」
給料はいりません、雑用で構いませんとソフィアの父は頭を下げた。
ソフィアがワンピース一着と作りかけのドレスを持って戻ると、マティは服の裏側の縫い目を確認していく。
「ミシン?」
「はい」
服をゆっくり動かし、マティが縫い目を順に追っていく。
どんなところをチェックしているのかな?
独学だからもしかして変なのかな?
できるだけ買った服を真似して作ったけれど、基本ができていないと言われたらどうしよう。
「朝早くて辛いかもしれない」
「寝起きは良い方です」
「怪我をするかもしれない」
「針は何度も刺さりました」
ソフィアは子供の頃から何度も刺さっているので平気だと答える。
「立ち仕事が多い」
「体力をつけます」
「住み込みだと言ったら?」
「お願いします」
即答したソフィアにマティが微笑みながら手を差し伸べる。
ソフィアは理由がわからないまま、マティの手に自分の手を乗せた。
「よろしくソフィア」
そっと握られ、手の甲に口づけが落とされたソフィアは一瞬何が起きたかわからなかった。
な、な、なんで口づけ? 頭からプシューと湯気が出そう!
その狼狽えた姿をマティに笑われてしまったソフィアはますます恥ずかしくなる。
店には現在お針子が二十二人。
家が遠い子や身寄りのない七人が住み込みで働いている。
みんなソフィアより年上だが、服が好きな子ばかりなので仲良くなれるだろうとマティは父に説明をしてくれた。
「クチュリエールは育てたことがないので手探りですが、お嬢さんをお預かり致します」
「よろしくお願いします」
ソフィアの父はマティが握手を交わす。
お預かりって言った?
ドレスクチュリエールを育てるって!
本当に?
働けるの?
働いていいの?
「ソフィア、いつから来れそう?」
「明日から行かせてください!」
やっぱり来なくていいと言われる前に行かなきゃ!
あまりにも早い予定に父の困った顔が見える。
「ご両親にしっかり甘えてからおいで」
「はい。よろしくお願いします」
本当に行って良いの?
チャーチル・ジョンソン・オートクチュールに?
「ソフィア、今から荷物を準備しなさい」
「はい、お父様。マティ様、どうぞよろしくお願いします」
ソフィアは飛び跳ねたい気持ちを抑えながら、貴族令嬢らしく口角を上げて微笑み、応接室を退室した。
◇
翌日ソフィアは初めて訪問したドレス店に感激した。
王都で一番有名なドレス店チャーチル・ジョンソン・オートクチュールは、顧客が最も美しく見えるオリジナルドレスのデザインから製作まで行うドレス専門店だ。
「ここが作業場」
「ふわぁ」
ソフィアは、思わず令嬢らしからぬ声を上げる。
マネキンに飾られた作りかけのドレス。
たくさんの布、リボン。ミシン。
忙しそうに作業をする女性たち。
布を運んでいた母くらいの年齢の女性はソフィアと目が合うとニコッと微笑んでくれた。
ミシンの動く音。
シュッと布を切る音。
「すごい」
ソフィアは目を輝かせた。
「こっちの部屋は……」
マティがさりげなく腰に手を添えながらソフィアを誘導すると、令嬢扱いされたことがないソフィアの顔が真っ赤に染まる。
「っと、悪い」
イヤだった? と優しく微笑むマティにソフィアはブンブンと首を横に振った。
「慣れてなくて……」
「では、少しずつ慣れていこう」
食事をするところ、入浴場所、団欒場所。どの部屋も侯爵邸に比べれば狭く暗い。
薄暗い廊下、階段。
「……怖い?」
身体が強張ったソフィアをマティは覗き込んだ。
「大丈夫、です」
マティは鍵を胸元のポケットから取り出し、部屋の扉を開けた。
六畳ほどの小さな部屋にはベッドと小さなテーブル、最低限の棚と小さな窓。
「狭くてごめんね」
「ありがとうございます」
渡された鍵を大切そうに持ちながらソフィアが見上げると、マティは照れた表情を隠すように口元を手で押さえた。
「あとでお針子のリーダーを紹介するよ。荷物を片付けたら作業場……えっと、ミシンの部屋においで」
たくさんの部屋を一気に見たので部屋の名前がわからないと思ったのだろう。
作業場をミシンの部屋と言い直してくれたマティの優しさがソフィアは嬉しかった。
「はい! ありがとうございます」
ゆっくりで良いからねと頭を優しくポンと撫でてくれるマティにソフィアはお礼を言い、少ない荷物を鞄から出した。
服は最低限。
鞄の中は初めて作ってもらった思い出のドレスと勉強道具がメインだった。
片づけると言うほど荷物はなく、すぐに終わってしまった。
「髪……」
お店で働いていた人たちは短い髪や、長い人は邪魔にならないように縛っていた。
ソフィアは髪をポニーテールに。
動きやすい服、歩きやすい靴、ポケットには小さなノートとペン。
「追い出されないようにがんばらなきゃ!」
絶対、ドレスクチュリエ―ルになるんだから!
ソフィアは自分に気合を入れながら、薄暗く狭い廊下と階段を進みながらミシンの部屋を目指した。




