第4話 将来の夢(4)
二人のことは気にしないようにしよう。
そう心に決めても、同じクラスである以上、嫌でも二人は視界に入ってきた。
オリビアが入学してきて一ヶ月ほど経ったが、相変わらず仲はよさそうだ。
二人の姿は見たくもないし、話も聞きたくない。
それなのに、オリビアとニコラスの週末デートの話が聞こえてしまったソフィアは溜息をついた。
「見て! これニコラスが買ってくれたの」
オリビアは嬉しそうに小さなピンクの石がついているネックレスをみんなに見せびらかす。
「あとね、街に新しいカフェができていて、パンケーキがすごくおいしくてね」
アイスとイチゴが乗っていてね、と説明をはじめるオリビアを、エイミーはソフィアのために止めた。
「婚約者じゃない女性に装飾品を贈ったなんて聞きたくないわ。カフェに行ったっていう話も」
「なによ、エイミー。うらやましいなら、あなたも自分の婚約者に買ってもらえばいいのよ」
「そういうことじゃなくて」
「エイミー、無駄よ。あっちに行きましょ」
何を言っても無駄だとアリーナがエイミーを連れて離れていくと、オリビアはまた大きな声でデートの内容を話し始める。
「転びそうになったら支えてくれて」
「ホント優しいの」
「手も繋いでね」
「噴水のね」
オリビアの話はずっと続く。
クラスメイトの子たちはソフィアをチラチラ見ながら、特にコメントすることもなく、ただオリビアの話を黙って聞いているようだった。
私とはデートをしたことがないのに、オリビアとは街へ頻繁に行くみたいだ。
ネックレスを羨ましいとは思わないが、楽しそうな二人の姿が目に浮かぶ。
ニコラスとオリビアが両想いなのはもうわかった。
でも私はどうしたらいいの?
婚約ってどうやったら解消できるの?
聞いてみたいけれど、誰にも聞けない。
母とニコラスの母は友人同士だし、相談しにくい。
弟にもこんな話は聞かせたくない。
お父さまにも言いにくい。
さっき庇ってくれたエイミーにも、いつも気にかけてくれるアリーナにも聞けない。
学校の先生に聞くのも変だ。
結局、何も解決しないまま授業が終わり、ソフィアはいつものように急いで侯爵邸へ帰った。
服を作っている時だけが楽しい時間。
この時間だけは、何も考えずに夢中になれる。
誰にも遠慮することなく、自由に。
どんなデザインにしたっていい。何色でもいい。
人目も気にせず、思うままに。
ソフィアはますます服作りに夢中になっていった。
三ヶ月たってもニコラスとオリビアはいつも一緒だった。
授業中もいちゃいちゃしている二人はクラスで浮いていることに気が付いているのだろうか?
注意する気にもならないけれど。
「ねぇ、ニコラス聞いてよぉ~。私の悪口を言いふらしているらしいの!」
さらさらストレートの金髪を左右に動かしながら、ひどくない? とオリビアが訴えると、ニコラスは「あいつか」とソフィアを睨みつけた。
関わらない方がいい。
直感的にそう思ったソフィアは二人の方を見ずに本を広げる。
私じゃないと否定してもきっとダメ、証拠を見せろもダメだ。
「あとね、この教科書も見て! 私たちが帰ったあとにやったのよ!」
ビリビリに破れた教科書を見せながら、オリビアはニコラスに泣きつく。
「俺があいつに止めろって言ってやる」
「ううん、いいの。だってソフィアが私を恨むのは当然だし」
私が我慢すればいいのと言うオリビアの言葉に、さすがのソフィアも眉間にシワを寄せた。
どうしてオリビアを恨まないといけないの?
オリビアが転校して来てから一度も話したことがないのに。
「ねぇ、お願いニコラス。授業中もずっと手を握っていてほしいの」
「あぁ。いつでも握ってやるよ」
「よかった。嫌がらせされて怖いけれど、ニコラスがいてくれたら安心」
私は何もしていないけれど、まさか私に嫌がらせされているって言っているの?
居心地の悪い教室に耐えられなくなったソフィアは荷物を持って立ち上がった。
「おい、オリビアに謝れよ」
不機嫌そうな声で、八年ぶりに婚約者にかける言葉がソレ?
ソフィアはギュッと手を強く握ると振り返ることなく教室を出た。
早歩きで廊下を進むと、泣きたくないのに目から勝手に涙が溢れてくる。
悪口も言っていないし、言うほどオリビアのことを知らない、興味がない。
ビリビリの教科書も知らない。
そもそもどうして教科書を破るの?
何で私が謝るの?
何で私が犯人だって決めつけるの?
何で私が婚約者なの?
どんなに学園で勉強したってドレスは作れない。
クチュリエールになりたいのに。
結婚したくない。
もう嫌だ。ニコラスは嫌だ。
市井で働きたい。
ドレスのお店で毎日綺麗なドレスを眺めたい。
「っと!」
「……ごめん、なさい」
俯きながら泣くのを我慢し、なんとか謝ることができたソフィアは階段を急いで下りる。
「今、泣いていなかったか? 追いかけた方がいいんじゃないか、ルーカス」
「後で彼女のクラスの誰かに何があったのか聞いてみます」
ルーカスは階段下を見たが、当然もう彼女の姿はどこにもない。
一度でも彼女と同じクラスになっていたら追いかけることが出来たのに。
どうしたの? と聞けたのに。
だが、この時追いかけなかったことをルーカスは激しく後悔することになった。
この日を最後に、ソフィアは学園へ来なくなった――。




