第39話 卒業パーティ(5)
「……オリビア、どうしてそんな嘘を……?」
ソフィアがオリビアを見つめると、オリビアはギリッと奥歯を鳴らす。
「いつもソフィアばっかりちやほやされるからに決まっているじゃない。入学説明会のあと、何人にもこっちじゃない方って言われたわ! あんたのせいで私が目立たなかったのよ!」
入学説明会? オリビアは何を言っているの?
「同じ金髪青眼。私の方がスタイルがいいわ! ソフィアよりも私の方が上よ! ニコラスだって私の方が良いって言ったわ! ルーカス様だって私の方が良いでしょう?」
だから私が婚約者になってあげるとルーカスに抱きつこうとするオリビアの手をルーカスは遠慮なく跳ね返した。
「俺が愛するのはソフィアだけ。君には興味がない」
入学説明会からずっとソフィアだけだと言いながらルーカスはソフィアの手を引っ張る。
弾みでぽふんとルーカスの腕に収まったソフィアは急な視界の回転に驚き、腕の中だと気づくまでに時間がかかってしまった。
「ひどいわ。みんなで私をいじめるのね」
悲劇のヒロインオリビアが泣き真似をしても誰も手を差し伸べない。
周りの冷ややかな視線にオリビアは舌打ちした。
「なによ、別にいいわよ、あんたたちなんか。もっと良い男を捕まえるから」
同級生から選ばなくたってと言うオリビアの元に、今にも倒れそうなオリビアの父、ホートン元伯爵がふらつきながらやってきた。
「お父様! 新しいドレス買って!」
「……すまない、オリビア……」
「チャーチル・ジョンソン・オートクチュールじゃなくていいわ。あの店、平民のソフィアが働いているらしいから大したことないわよ。違う店でもっと素敵なドレスを買って」
あんな店、二度と行かないわと言うオリビアにホートンは首を横に振った。
「いいじゃない! ドレス一枚くらい!」
「無理だ……うちは今日から平民だから……」
領地のワインが売れないどころかブドウ農家が全て他所の領地と契約し、領地の収入はゼロ。
国への税金が払えないため、たった今、爵位を返還したとホートンは言った。
もう伯爵でもなんでもないただの平民。
オリビアが今着ているドレスも家財道具も全て差し押さえ。住むところさえないとホートンは頭を抱えた。
「……嘘でしょ?」
「すまない」
「は? イヤよ、平民なんて。ニコラス結婚しましょ」
オリビアの言葉にニコラスは無理だと首を横に振る。
「えっ? デニーでもいいわ」
デニーも当然拒否。ハロルドもジョシュも、周りにいた野次馬たちも一斉にオリビアから目を逸らした。
オリビアの父はお辞儀をするとオリビアを引きずるように会場を出て行く。
「ちょっと、ニコラス! 私と結婚するって言っていたじゃない! ねぇ、助けてルーカス様ぁ~! 私の方が絶対……」
扉を出ていくまでオリビアのキーキー声が会場に響き渡り、扉が閉まった途端、声は全く聞こえなくなった。
「……公爵家って怖いなぁ」
舞台の上から呟きが聞こえたルーカスが慌てて振り返ると、王宮に戻ったはずのレオナルドが舞台の上で笑っている。
「教えに来るまでもなかったね」
じゃ、今度こそ帰るよと手をひらひらさせて去って行くレオナルドを見送ったルーカスは困った顔で腕の中のソフィアを見つめた。
ホートン産ワインを売れなくしたのは自分だとソフィアが知ったら嫌われるだろうか?
オリビアを断罪するために、ソフィアの友人に集まってもらうように頼んでいたと知ったら困らせるだろうか?
「……怖いかな?」
変な質問にソフィアが首を横に振る。
「良かった」
ソフィアには嫌われたくないとルーカスは微笑んだ。
ソフィアはずっとドレスクチュリエールになりたかったこと、チャーチル・ジョンソン・オートクチュールで働かせてもらっていること、今まで話せなかったことをようやくみんなに言うことができた。
アリーナもエイミーも、ニコラスの友人たちも、夢を叶えてすごいと褒めてくれた。貴族が市井で働くなんてと否定する人がいないことにソフィアはホッと胸を撫で下ろす。
みんなと話しているうちに、あっという間に時間は過ぎ、ラストダンスの時間に。
ソフィアはもちろんルーカスとラストダンスを踊った。
もう百八十センチを超えてしまったルーカスはソフィアがヒールを履いても見上げる角度。
ダンスの間、ずっと優しい茶色の眼で見つめてくれる。
ハンカチを貸してくれた優しい男の子はずっと優しいままだった。
ラストダンスの終わりはフロアの明かりが薄暗くなり、花火が打ち上げられる。
見つめ合い、そっと触れるだけの口づけ。
『パーティの最後、花火の間に口づけするのが定番よ!』
ソフィアはお針子の先輩ベスの言葉を思い出したが、恥ずかしさよりも口づけができてうれしいと思ってしまった。
角度を変えてもう一度。深い口づけに身体が熱くなる。
ゆっくり離れたルーカスはソフィアの右手を握ったまま跪いた。
「ソフィア・ブライト侯爵令嬢、愛しています。どうか私、ルーカス・ウィスローの妻に」
指輪を見せながら、今度はウェディングドレスと白のタキシードをオーダーしたいと言うルーカスにソフィアは微笑む。
「私も愛しています。ルカ様」
ドレスクチュリエールになりたいという夢を応援してくれるルーカス。
諦めなくても良いのだと背中を押してくれた時はすごく嬉しかった。
「今からドレスを作るとまた二年かかっちゃいます」
「では二年後の今日、十二月二十四日に結婚式を予約します」
すぐにでも予約しそうなルーカスをソフィアは笑った。
「住み込みはあと二年ですよ。結婚したら通いでクチュリエールを目指してください」
毎日送迎しますとルーカスが言うと、ソフィアは嬉しそうに返事をした。




