第38話 卒業パーティ(4)
「……オリビア」
オリビアはウェーブのかかった金髪、ソフィアと同じ青眼。大きな胸、くびれたウエスト。
明るくて社交的な伯爵令嬢だ。
ソフィアは目を伏せながら、そっとルーカスの手から自分の手を引こうとした。
その様子を少し離れた場所から見ていたニコラスは、目の前の状況に愕然とする。
「……そうだ。ソフィアはいつも遠慮して、自分からグイグイ動くことはなかった。そんなソフィアがオリビアに嫌がらせ……? 積極的に? 悪口? 物を壊す?」
ニコラスの顔が一気に青ざめる。
ルーカスは離れようとしたソフィアの手をギュッと握り、オリビアに捕まれた腕をスッと抜くと、冷たい目でオリビアを見下ろした。
「婚約者と過ごしたいので遠慮する」
「婚約者? 嘘でしょ? 傷物令嬢と?」
ダンスフロアは音が響く設計。
オリビアの大きな声がダンスフロアに響く。
周りの人たちが「傷物」の言葉に振り返り、一気に注目を浴びた。
「性格が悪くて男好きなソフィアなんてやめた方がいいわ」
オリビアの言葉にルーカスは眉間にシワを寄せた。
「高級ドレス店に何度も行っているのよ」
ソフィアの名前を言っただけで店に入れたと、何人もの男に買ってもらっているのだとオリビアが訴える。
ルーカスは震えるソフィアの腰をグッと引き寄せ、耳元で大丈夫だと囁いた。
「私、ソフィアに教科書をビリビリにされたことがあるの」
靴を隠されたりノートも噴水に捨てられて、階段で突き飛ばされたこともあるし、本当に酷いの。
涙目で訴えるオリビアは悲劇のヒロインの名演技中だ。
ルーカスは苦笑しながらダンスフロアの端にいた人たちに合図を送った。
「ソフィアは何もやっていないわ」
「毎日一番に帰るソフィアがオリビアの教科書やノートを取るのは無理だわ」
あの時言えなくてごめんねと謝ってくれるエイミーとアリーナ。
「ニコラスにべったりなオリビアを、ソフィアはどうやって階段から突き飛ばしたんだ?」
「いつも二人一緒だったじゃないか」
ニコラスの友人たちもソフィアは何もしていないと庇ってくれる。
ソフィアは機嫌が悪そうなオリビアにジロッと睨まれてしまった。
「ねぇ、オリビア。このドレス、私が作ったの」
「はぁ? 何を言って」
「ドレス店で男性にドレスを買ってもらっているのではなくて、そこで働いているの」
「あはは。傷物はもうお嫁に行けないから? 何? 平民になったの? 市井で働いているなんて可哀想~」
「夢に向かって努力している彼女を傷つけるのは許さない」
ソフィアを嘲笑うオリビアをルーカスは睨みつける。
「ちょっとニコラス! 黙ってないでソフィアが最低な女だってみんなに言ってよぉ!」
少し離れた場所までニコラスを迎えに行ったオリビアは、ニコラスを盾にしながら「ほら、言って!」と背中を押した。
いつも私の方を見ないようにしていたニコラスとはやっぱり目が合わない。
どうしてこんなにニコラスに嫌われてしまったのだろう? 仲は悪くなかったはずなのに。
「……教科書をビリビリに……?」
ニコラスの声は弱々しく、ソフィアを責めるというよりも確認していくようだった。
「私、二人よりも先に帰っていたと思う。早く家に帰って裁縫がしたかったから」
「階段から突き落としたり……?」
「いつもニコラスはオリビアと一緒にいたよね?」
突き落としたとしたら、その場にニコラスもいたはずだ。
「俺以外の男と街のカフェで仲良く……」
「休みの日は自分の服を作っていたから外出はしていなくて」
ソフィアが困った顔で微笑むとニコラスはダンスフロアにへたり込んだ。
「オリビアの方が酷いじゃない! ソフィアの前でニコラスとイチャイチャして、街に行ったとかネックレス買ってもらったとか!」
「婚約者の前でアリエナイわ!」
「一番アリエナイのはニコラスだけどな」
友人の言葉にニコラスの身体がビクッと揺れる。
「ねぇ、ニコラス。どうしてしゃべってくれなくなったの?」
理由が知りたい。私が無意識のうちにニコラスを傷つけてしまっていたのかどうか。
「……俺の方が、成績が悪かったから……」
「え? 成績?」
予想外の理由にソフィアは戸惑う。
「……ごめん、ソフィア、……ごめん」
休憩時間も勉強していたのは帰ったら裁縫をするため。
地味なドレスだったのは自分で作っているから。
ソフィアをがり勉だと、可愛くないと言っていた馬鹿な自分が恥ずかしくなったニコラスはまるで土下座のように床に這いつくばりながら謝罪した。
「ごめん、ソフィア。オリビアの言うことを真に受けて、ソフィアは何も悪くないのに。俺のせいで学園に来られなく……、本当に、ごめん」
ニコラスは今までオリビアに教えてもらったソフィアのことを話してくれた。
ソフィアには何人も男がいて、みんなに高級ドレス店のドレスを強請っていることや、週末におしゃれなカフェや観劇へ行くのは当たり前。
ニコラスの悪口を男性たちに言いふらし、同情を買っているのだと。
普段の地味な姿は親にバレないようにしているカモフラージュで、本当は男にだらしがないのだとほぼ毎日のように言われ、虐められていると泣くオリビアが可哀想だと思ってしまったと。
「よく考えればソフィアはそんな性格じゃないのに……」
本当にごめんとニコラスは何度もソフィアに頭を下げた。




