第35話 卒業パーティ(1)
十月中旬。
ウィスロー公爵夫人は完成したタキシードを受け取りにチャーチル・ジョンソン・オートクチュールに来店した。
ルーカスはまだ学校の時間。
「会えなくて残念?」
ふふふっと揶揄われたソフィアは頬が赤くなった。
「ドレスを作らせていただいてありがとうございます。本当に毎日が夢のような時間で、たくさん学べて嬉しかったです」
ソフィアのドレスも見せ、さりげなくペアだと報告するとウィスロー公爵夫人は嬉しそうに微笑んでくれた。
「ルカ様にこれを贈りたいのですが」
ソフィアは真っ赤な顔で黒曜石のカフスリンクを差し出した。
美しい黒色のカフスリンクは品の良い縞目。一目で良い物だとわかる。
「ソフィアがここで働いた給料で購入した物です」
少し足りない分は父親が補填しているが、半分以上ソフィアのお金で購入したとマティが報告するとウィスロー公爵夫人は驚いた顔をした。
「ルーカスが喜ぶわ。二年間働いたお金をルーカスのために使ってくれたのね」
ありがとうとウィスロー公爵夫人は微笑む。
「卒業パーティはルーカスにエスコートさせてね」
「はい。お願いします」
「あとは卒業するだけね」
「はい。テストがんばります」
ソフィアはルーカスのタキシードを箱に丁寧にしまいながら、絶対卒業しますと微笑んだ。
十二月に入るとすぐにテストが行われ、翌週には卒業が決まったと母が手紙をくれた。
学年順位は卒業パーティで発表されるためわからないが何位でも卒業できれば構わない。
卒業パーティは十二月二十四日。
その一週間前から侯爵邸に戻ることが決まった。
お針子の先輩たちも、シュークリーム屋になったキャシーも、先代も先代夫人もみんなソフィアの卒業を喜んでくれた。
「卒業パーティ楽しんで来てね」
「パーティの最後、花火の間に口づけするのが定番よ!」
「く、く、口づけ?」
声が裏返りながら焦るソフィアをみんなが笑いながら見送ってくれる。
ソフィアはここに来た時のカバンに教科書やノートを詰め、ブライト侯爵邸に戻った。
家族と過ごす楽しい一週間はあっという間に終わってしまった。
料理はソフィアの好きなものばかりで毎日つい食べ過ぎてしまい、ドレスがちゃんと着られるか心配になるほどだった。
「この装飾品は?」
「お父様からよ。マティさんに相談してドレスに似合うネックレスとイヤリングを準備してもらったの」
「お父様、ありがとう」
「卒業おめでとう。ソフィア」
無事に卒業してくれてありがとうと微笑んでくれる父、優しく微笑んでくれる母、キラキラした目で見つめてくる弟ロンド。
「私達はもう少し後から行くわ。順位を見に行かないとね。でも卒業できたから何番でも裁縫セットは没収しないわ」
安心してと笑う母にソフィアも良かったと笑った。
「ルーカス様がお見えです」
家令に声をかけられたソフィアが振り返ると、扉の前にはタキシード姿のルーカス。
黒のタキシードがとても似合っている。
今日は髪型もいつもと違い、カッコ良すぎる。
衿が尖ったピークドラペルがさらに顔を大人びて見せているのだろうか。
背も高く、マティ秘蔵の黒い布が身体を引き締めている。
ソフィアの顔は一気に真っ赤になった。
「そのタキシードもソフィアが?」
まるでルーカスのためにデザインされたような素晴らしい出来栄えに父が驚く。
「はい。とても着心地がよく、素晴らしいクチュリエールです」
ルーカスはソフィアの右手を持ち上げると手の甲に口づけを落とす。
「ソフィー、綺麗です。エスコートだけでなく、ずっと隣にいる許可を」
ダンスも他の男と踊らないでくださいと言うルーカスにソフィアは笑った。
「誰も私を誘わないと思うけれど」
友達もいない不登校になった眼鏡の子のことなんてみんな覚えていないと思うとソフィアが言うと、自分の魅力を全くわかっていないソフィアにルーカスも両親も困った顔をした。
アシンメトリーのマーメイドドレスは細い腰が強調され、背中のイリュージョンレースは肌が見えて色気を醸し出し、美しい金髪に宝石のような青い眼。
声をかけないはずがない。
「……さりげなくペアなのね」
一緒に立っているとペアだと実感すると言う母にソフィアは分析しないでー! と真っ赤になった。
ルーカスとソフィアはまず王宮へ。
第二王子のお迎えに行き、一緒に別の入り口から会場に入るそうだ。
学園長にも許可をもらっているとルーカスが説明する。
「ルーカスくん、ソフィアをお願いします」
「はい。では行ってまいります」
幸せそうな二人の姿に父も母も微笑んだ。
「なんでソフィアが七番なんだよ!」
会場の入口に張り出されたテスト結果にニコラスの大きな声が響いた。
学園には来ていない。
授業も受けていない。
それなのに七番なんておかしいだろう。
今年は平民がさらに減り、卒業できたのは五十五人。
ニコラスは五十三番、オリビアは最下位の五十五番だった。
「ねぇ、ニコラスぅ。卒業しても一緒にいられるよね」
オリビアが大きな胸を押し当てると、ニコラスは少し困った顔をした。
オリビアとは結婚したい。
だが両親の許可が降りないのだ。
ずっとオリビアを婚約者にしてほしいと頼んでいるのに。
オリビアの話をすれば、ソフィアに何をしたのかわかっているのかと怒られる。
なぜソフィア、ソフィアと言うのかわからない。
ソフィアはオリビアに嫌がらせをした陰気な女なのに。
確かに昔は可愛かった。
だが学園では地味なドレス、眼鏡のガリ勉だった。
さらに性格も悪いのだとオリビアが教えてくれた。
教科書までビリビリにしたときは流石に驚いたが。
靴を隠したり、オリビアのノートを噴水に入れたり、数々の嫌がらせがあったと言うオリビアが可哀想で、それでも明るく元気なオリビアに惹かれた。
両親はオリビアとの婚約を許してくれない。
オリビアの家が伯爵家だからだろうか。事業が違うので家のためにならないからだろうか。
今日は自分の両親もオリビアの両親もここへ来る。
みんなの前で婚約したいと頼んでみるつもりだ。
「会場に入ろう」
ニコラスはピンクのフリフリドレスのオリビアに手を差し伸べた。




