第33話 仕返し(4)
「えっ? どうしてお小遣いくれないの?」
オリビアは眉間にシワを寄せた。
「オリビア、毎週シュークリームを五十個も買ってくるけれど何なの? 無駄遣いはやめなさい」
「昨日はエクレアだったじゃない!」
「そういう問題じゃないわ」
オリビアの家、ホートン伯爵邸の使用人は八名しかおらず、シュークリーム五十個は食べきれない。
捨てるのは勿体無く、賞味期限もあるので困っていると使用人から夫人に相談があったのだ。
「あぁ、二人とも。すまないが急いで支度してくれ」
オリビアの父ホートン伯爵が部屋へ駆け込みながら汗をぬぐう。
「どうなさいましたの?」
「領地に戻る。ワインに何かあったようだ」
すぐに領地で確認したいとホートン伯爵はカバンに荷物を詰め始めた。
「私、学園があるから領地には行かない」
何にもないただの田舎に行ったって楽しくない。
お店もないし、カッコいい男もいない。
あるのは葡萄畑だけ。
「いや、全員で行く。二軒を維持できるほど余裕がないんだ」
「いやよ!」
「オリビア、言うことを聞いてくれ」
日曜日、ホートン伯爵は夫人とオリビア、使用人を連れて領地へ戻った。
ニコラスへ伝える暇もなく、急に領地へ帰ったオリビア。
学園には三ヶ月の休暇届が提出された。
「……公爵家って怖いなぁ」
優雅に紅茶を飲みながらレオナルドが笑う。
「何のことでしょう?」
ルーカスはやっとソフィアに会えると嬉しそうに微笑んだ。
◇
オリビアが領地へ帰ったと知った月曜の夕方。
ルーカスは学園帰りに真っ赤な薔薇を一本購入し、ソフィアが働くドレス店の裏口にある小さな机の上に置いた。
メッセージカードは『From L to S』。
『ルーカスからソフィアへ』だ。
今すぐソフィアに会いたいが、今日は月曜日。
ルーカスは名残惜しそうに店から離れた。
「ソフィア」
鍵を閉める前に掃除をしようと裏口から外へ出たユーリは、良かったねとソフィアに薔薇を手渡した。
赤い薔薇は『愛しています』、一本は『あなたしかいない』。
持ってきてくれたの?
どうして会ってくれなかったの?
会いたいのに。
喜ぶような表情を見せないソフィアをユーリはジッと見つめる。
視線に気づいたソフィアは、ユーリにお礼を言うと走って部屋へ。
ユーリは心配そうにソフィアの後ろ姿を見つめた。
火曜日も夜には一本の赤い薔薇が置いてあった。
でもソフィアは喜ばない。
逆に寂しそうな表情を浮かべる姿にマティは眉間にシワを寄せた。
水曜日。
今日もルーカスは学園帰りに真っ赤な薔薇を一本購入した。
裏口のテーブルに置き、名残り惜しそうに離れる。
「おい」
突然の声に驚いたルーカスの肩がビクッと揺れた。
「……店長」
「片付いたのか?」
「はい。今は領地へ。三ヶ月は学園を休むそうです」
全て計画通りですとルーカスは答えた。
ソフィアからニコラスを奪ったオリビア・ホートン伯爵令嬢。
ドレス店に無理矢理入った時も、責任は男のみでオリビア・ホートンには何の制裁も与えられなかった。
ようやく今回ささやかだが仕返しが出来たのだ。
「領地の平民はどうなる?」
「葡萄畑やワイン工場はブレンドン領と専属契約を結びましたので問題ないでしょう」
「そうか」
関係ない平民が苦労するのはおかしいと思ったが、さすが公爵家。
ちゃんと考えられていたようだ。
「お前の代わりに慰めておいた」
「ありがとうございます」
どんな風に慰めたのかも聞かずにお礼を言うルーカスはピュアなのか、信用されているのか。
「ついてこい」
マティは裏口を開けるとルーカスを招き入れた。
「ですが、今日は水曜……」
「あの顔を見ても会わずに帰れるならそうしろ」
案内された場所はミシンが並ぶ作業場の上。
片付けをしているソフィアの姿があった。
元気はなく、少し俯き加減。
「ソフィア、これ倉庫に戻しておいて」
「はい、サリーさん」
リボンのロールを受け取る時もソフィアはサリーを見ない。
倉庫へ片付けに行き、作業場へ戻っても俯いたままだった。
「ソフィア、今日も届いているわよ」
ユーリがソフィアにルーカスからの薔薇を手渡すとソフィアは泣きそうな顔で微笑んだ。
「っ!」
「うしろだ」
マティの声で振り向き、ルーカスは急いで駆け降りる。
「ソフィー!」
聞こえるはずがないルーカスの声が聞こえるけれど今日は水曜日。
それにここは作業場。
幻聴? ソフィアはゆっくり顔を上げた。




