第31話 仕返し(2)
ブラウスと同時に生地選びもスタート。
黒の中でも青みがかった黒にするか、真っ黒にするかソフィアは悩んだ。
二つの生地を手に取り、光に当て、眺め、また手に取りを繰り返す。
黒と表示された布でも比べると少しずつ違い、工房の差、値段の差、素材の差。
比べているとどんどんどれが良いのかわからなくなってくる。
「俺が選ぶなら真っ黒だな」
一時間以上悩んでいるソフィアを笑いながらマティが倉庫へ入ってきた。
倉庫の奥の方へ歩き、いくつかの布を退けた後にマティは一本の反物を担ぐ。
マティが持ってきたのは真っ黒。
ソフィアが眺めていた黒よりも黒い布だった。
「この色が出せる生地屋はもう無くなってしまったんだ。後継もいなくて廃業した。少し値段は張るが公爵家だ。問題ないだろう。どうだ? これは何年経っても色褪せない黒だ」
「これにしたいです」
でも、この布には値段がついていない。
売り物ではないのかもしれないのに、使っても良いのだろうか?
未熟な自分が。
「特別だぞ。秘蔵の布だからな」
良いものを作れよとソフィアの頭を撫でるとマティは倉庫から出ていった。
◇
「いったぁ〜いっ」
ルーカスと第二王子レオナルドの前で突然転んだ金髪の女性にルーカスは溜息をついた。
「レオナルド様、お怪我は?」
「大丈夫」
レオナルドは笑いを堪えるのに必死だ。
「道が塞がっておりますのでこちらから参りましょう」
ルーカスとレオナルドが何事もなかったかのように去って行くと、オリビアは床を叩いた。
「何で声をかけないのよ! 普通は大丈夫? って聞くでしょ!」
オリビアが廊下で大きな声を出すと、別のクラスからニコラスが急いで駆けつけた。
「オリビア、大丈夫か?」
誰かとぶつかったのか? 突き飛ばされたのか? 怪我はないか?
ニコラスは心配し、すぐにオリビアに手を差し伸べる。
「ニコラスぅ、痛かったのぉ」
オリビアが抱きつくと、教室まで送るよとニコラスはオリビアの手を握った。
新学期になりクラス替えが行われた。
最終学年でようやくソフィアとルーカスは同じAクラスになった。
残念なのは彼女が学園へ来ないことだ。
ニコラスはCクラス、オリビアはGクラス。
オリビアのGクラスとルーカスのAクラスは正反対。
階段も廊下も一緒にならないはずなのに何故か出現率が高い。
「次はルカを落とすのかな?」
笑いながらレオナルドが言うと、ルーカスは眉間にシワを寄せた。
翌日も、翌々日もオリビアは出没する。
転ぶ、何かを落とす、よろける、見つめる。
「帰りも後をつけられていて、不気味なのですが」
「公爵邸に着いた後も?」
「そうですね、一度帰って着替えてから王宮へ行く時もいます」
「では金曜日に愛しの彼女の所へは行けないね」
王子の指摘にルーカスは目を見開いた。
ドレス店の裏口なんてバレたら彼女が危険に。
あんな女性、どうでも良いので放っておこうと思っていたがソフィアに会えないのは大問題だ。
「……すぐに対処します」
ルーカスはギュッと手を握ると、何かをあれこれ考え始めた。
金曜日、ルーカスは公爵邸へ帰る前にシュークリーム屋を訪れた。
「あら、いらっしゃい」
シュークリーム屋で注文するフリをし、手紙とメモを差し出す。
手紙はソフィアに、メモはキャシー宛のメッセージだ。
「シュークリームをください」
ルーカスはシュークリーム十個を持って馬車で公爵邸へと戻った。
後をつけていたオリビアは公爵邸に入ったことを確認すると一人の従者を残しシュークリーム屋へ。
「三十分くらい前に来た黒髪の背の高い男の子が買った物と同じ物をください」
「数は?」
「一緒で」
「はい、五十個ね」
キャシーはオリビアにシュークリーム五十個を売る。
オリビアは五十個! と驚きながらも支払い、帰っていった。
十八時お店が閉店するとキャシーは手紙を持ってチャーチル・ジョンソン・オートクチュールの裏口へ。
「あれー? どうしたの?」
「なになに? もう旦那とケンカ?」
ニヤニヤと揶揄うサリーとベス。
「違うわよ。はいこれシュークリーム。みんなでどうぞってソフィアの彼から。あとこの手紙はソフィアに」
「手紙?」
今日は金曜日だから家庭教師の日なのに? ソフィアは首を傾げながら手紙を広げた。
「えっ?」
手紙には今日は行けないと書かれていた。
シュークリーム屋には行ったのに?
ここに来てくれればいいのに。
「……ソフィア?」
「今日は来られないそうです」
ソフィアが手紙をしまいながらユーリに微笑むと、キャシーは切なそうな顔でソフィアを見た。
ルーカスのメモには『ソフィアに内緒にしてください』と書かれていた。
シュークリーム十個を持ち帰ります。
二十個をチャーチル・ジョンソン・オートクチュールへ届けてください。
ソフィアに手紙を届けてほしいです。
後で変な女性が来たら五十個売ってください。
その女性はソフィアを悲しませた女性です。
ソフィアと店のことは絶対に教えないでください。
事情はよくわからないが、ソフィアのために今日はここへ来られないのだろう。
「たまには来られない日もあるわ」
ユーリが慰めるとソフィアはそうですねと頷いた。




