第30話 仕返し(1)
「ほら、早く慰めに来い。お前の役割だろう」
しないのなら奪うぞと脅すマティ。
ルーカスは慌てて立ち上がり、ソフィアの涙をハンカチで拭いた。
十七歳同士の若い二人。美男美女でお似合いだ。
「未熟な息子で申し訳ありません」
ウィスロー公爵夫人がマティに頭を下げる。
ウィスロー公爵夫人は初めからこの二人の早とちりだとわかったうえで、息子に相談させたのだ。彼とソフィアの勉強のために。
母親とは怖い。笑顔の裏の心は悟らせない、貴族の御夫人。
「泣かせたときは遠慮なくいただきますので、そこだけはご了承ください」
マティがニッコリ微笑むと、ウィスロー公爵夫人もマティに微笑み返した。
ソフィアを打ち合わせ室に残し、マティはウィスロー公爵夫人とルーカスを店の外まで見送る。
「ご注文ありがとうございました。素晴らしい卒業パーティになるようデザイン致します」
深々と頭を下げる店長マティ。
「お願いします」
馬車に乗り込むお客のウィスロー公爵夫人とルーカス。
さすが公爵家。
息子のために卒業パーティのタキシードを高級店でオーダーするなんて。
娘なら飾り甲斐もあるが、息子に高級店のオーダー品とは。店内だけでなく、通行人も凄いと一目置く。
公爵家は財力のアピール。
店は公爵家からの信用があるというアピール。
お互いにWin-Winの関係なのだ。
走り去る馬車を見送ると、ルーカスは店内に戻りソフィアの元へ向かった。
あいつと婚約してしまうのはやっぱりくやしい。自分の嫁にしたかった。
「ソフィア、本当に店に残ってくれるんだな? 辞めないな?」
「辞めたくないです。このお店にずっといたいです」
マティは微笑むと、ソフィアのおでこに口づけを落とした。
「な、な、な、なんでっ」
ソフィアは慌てておでこを押さえる。
「嫁は無理だったから娘にしよう」
マティが真面目な顔で言うと、ソフィアは真っ赤な顔で固まった。
帰りの馬車の中で、ルーカスは母に叱られた。
ウィスロー公爵家の中で、一番厳しいのは父ではなく母なのだ。
優しい口調、優しい雰囲気だが、それがまた余計に怖い。
ニコラスとソフィアが婚約破棄するようにニコラスの母に近づき、婚約破棄後は真っ先にルーカスを売り込みにソフィアの父の元を訪れ、ソフィアの気を引くために二年前にドレスをオーダーし、求婚していた店長を困惑させ冷静な判断ができないうちに二人の婚約と仕事の継続を了承させた。
ルーカスが相談したときに、それでは店長にわからないと言えたはずなのに。わざとルーカスにアドバイスせずに店長を動揺させたのだ。
「そんなことではレオナルド様の側近は務まりません」
第二王子は危険なのだからしっかりしなさいと母は叱る。
第一王子を快く思わない大臣や貴族が第二王子に擦り寄り、謀反の計画を練る事はよくある事。
未然に防ぐことが側近の重要な役割だ。
相手がどんな性格なのか見分け、うまく戦わなくてはならないのだと母は説教を続ける。
「はい、申し訳ありません」
ルーカスは大きく息を吐きながら謝罪した。
「やっと婚約者にできたわ。このままブライト侯爵邸に行くわ」
まさかこの後すぐに行くとは思っていなかったルーカスは母の行動力にドン引きしながらも、サインされた婚約届を見て嬉しそうに微笑んだ。
◇
翌日からソフィアはお針子最年長のアデラにタキシードの基本を教わった。
衿が尖ったピークドラペル、衿が丸いショールカラー、ジャケットっぽいノッチドラペル。
ソフィアは三種類の見本からルーカスに似合いそうなピークドラペルの衿を選択した。
シャツは周囲が首に沿って立ち、衿の前部分の折り返しが首から翼のように開いているウィングカラーシャツで胸元はプリーツ入り。袖は折り返されて二重になっているダブルカフス。
「カフリンクスを贈った方がいいぞ」
親に相談しろとマティに言われたソフィアは父に手紙を書いた。
首元は幅広で短めのアスコット・タイに。カマーバンドかベストか悩んでいるとマティがカマーバンド調のベストはどうだと提案してくれた。
「あいつは背が高くなる。V型のベストでは重い印象になる。だがカマーバンドかではいざという時に上着が脱げない」
王子の側近はあらゆる危険から王子を守る者だと、もちろん護衛がいるので身を挺してというわけではないとマティに説明される。
カマーバンド調のベストとはU型のベストは前ボタンを外してもエレガント、前ボタンを留めればシャツの白い部分が深くなり、相対的に足が長く見えるそうだ。
「これにしてみます」
「これにするなら蝶ネクタイだ。U型にアスコット・タイは似合わない」
ソフィアは蝶ネクタイに書き換え、イメージを膨らませた。
「ピークドラペルの衿を青にするのよ。黒で身体はビシッとカッコよく!」
「背も高いでしょ。青だとぼんやりよね。黒よ! 黒!」
「U型ベストは青よね」
「蝶ネクタイも当然青でしょ」
「ねー、私まだソフィアの彼を見たことないんだけど」
住み込みではないお針子のお姉様がベスやキャシーに「どんな感じ?」と聞く。
「キャシーの旦那よりイケメンだよ」
サリーが笑いながら言うとキャシーは「熊みたいだけど優しいからいいの!」と惚気た。
もうすぐキャシーは辞めてしまう。
シュークリーム屋にいつか会いに行けるといいけれど。
自由に街へ行ける日は来るのだろうか……?
「ねぇ、ちょっとここに遊び心を加えない?」
ベスがデザイン画を指差しながらニヤリと笑う。
「良いじゃない! ベス天才!」
「絶対ペアってわかるわ」
「作るのは大変だけどね」
「愛があれば大丈夫」
どんどん書き加えられていくアイデア。
ソフィアのドレスの方までいろいろ書き加えられていく。
まずはブラウスの型紙作りからスタートし、布を裁断。
縫い方を教わりながら進めていくが、胸元のプリーツが難しかった。




