第25話 わからない気持ち(2)
真っ赤な顔で慌ててサンプルをマネキンから外すと、ソフィアは逃げるように部屋から出る。
絶対おかしい! ありえない! この人生最大のモテ期は何?
ドクドクする心臓を押さえながらソフィアは廊下を進んだ。
本当は作業場に戻らなくては行けないが、動揺してうっかり自分の部屋に。
『俺も求婚していることを忘れるな』
本気ですか? こんな小娘に!
大人なマティさんが? ありえない!
六歳の時のドレスはピンクのグラデーションのバルーンスカート。
今ならわかる。このドレスは作るのが大変だ。
子供用は縫い合わせが小さくて大変でプリーツも細かくて花の刺繍も美しい。こんなすごいドレスをたった六歳の自分に作ってくれたのだ。
そんなすごい人が私に求婚? 本当に?
『ソフィーが好きです。……顔合わせの日からずっと』
ルーカスは転んだ時にハンカチを貸してくれた男の子。あの時も優しくて、慣れない場所で不安だった気持ちがルーカスのハンカチのお陰でなくなった。今は勉強を教えてくれていて、一緒にいると楽しい。
……どうしたらいいのだろう? 恋愛偏差値が低すぎてわからない。
ニコラスとは恋愛どころか口も聞かなかった。みんなはどうしているの? オリビアみたいにグイグイいくの?
でも貴族の娘には選択権はない。
親の決めた婚約者と結婚するものなのに、どうしてオリビアはニコラスにあんなに積極的だったのだろう?
オリビアに婚約者はいなかったのだろうか。伯爵令嬢なのに。
お父様に相談した方が良いのだろうか?
ルカ様とマティさんのこと。
でもドレスクチュリエールになるとわがままを言ってここに来させてもらったのに、結婚する意志があるならと別の婚約者を紹介されたらどうしよう。
将来侯爵を継ぐ弟のプラスになるような、知らない人の後妻とか。
……でもそれが普通。本当はそうするべきなのに、家を出てしまった。
ソフィアはベッドにボン! と倒れ込むとそのまま眠ってしまった。
「……寝ているわ」
具合は悪くなさそうとユーリはソフィアの部屋の扉を閉めながら肩をすくめた。ソフィアがなかなか戻って来ないと思ったら部屋で寝ていたのだ。
「てっきり部屋へ連れ込んだのかと思ったわ」
「ソフィアにとっては似たようなものかもな」
ユーリの言葉にマティが苦笑する。
「進展あったの?」
「嫁になれって言っただけだ」
「まだそこ?」
押し倒して既成事実くらい作ったのかと思ったとユーリが笑う。
「まだ十六だ」
「もう十六よ」
あっという間に大人になるのだからとユーリが言うとマティは溜息をついた。
目が覚めたのは夜。真っ暗な部屋で目が覚めたソフィアは焦った。
時計を見ると夜十一時。
明かりをつけると机の上にサンドイッチがあった。
『たまにはゆっくり休みなさい ユーリ』
母と同じくらいの年齢のユーリ。
お店に戻らないので心配して見に来てくれたのだろう。
ありがとうユーリさん。
翌日ユーリにお礼を言い、いつも通り午前はお針子の仕事、午後はドレス製作。
マティに会ったらどうしようと思っていたが、打ち合わせに出ているので今日はいないとユーリが教えてくれた。
マティがまち針で留めてくれた通りに縫ってみると理想の形にスカートが広がる。
どうやったら綺麗なウェーブになるとか、すぐに想像できるのだろう? 経験値? センス? そんなすごい人が求婚?
急に思い出したソフィアは慌ててミシンを止めた。
縫い目が歪んでしまう!
立ち上がり深呼吸したが乱れた心は治らない。
こんな気持ちでは綺麗に縫えないと、ソフィアは溜息をついた。
「ねー、ソフィア〜。昨日の夜いなかったでしょう? 聞いた? キャシーのこと!」
「え? キャシーさんどうしたんですか?」
お針子の先輩ベスの問いかけにソフィアは首を傾げた。
「結婚するから住み込みじゃなくなるんだって! それにしばらくしたら辞めるって」
「えぇぇぇぇ!」
ソフィアは驚きすぎて大きな声を出してしまった。こんな大きな声は初めてかもしれない。
「相手はシュークリーム屋よ」
「シュ、シュークリームって、あの?」
「そう。ソフィアが教えた店」
「えぇぇぇぇ!」
「ソフィア、声大きすぎ」
「キャシーさん、け、け、結婚?」
「ソフィアのおかげよ」
幸せそうに微笑むキャシーにソフィアは目を見開いた。
住み込みは十二月まで。一月に結婚、三月でお針子を辞め四月からはシュークリーム屋を手伝うそうだ。
「どうして、どうやって、なんで、えっと、どうしたら」
パニックなソフィアをキャシーとベスが笑う。
「ソフィア、落ち着いて」
何を聞きたいの? とベスがソフィアの背中をさする。ソフィアは深呼吸するとギュッと手を握った。
「どうしたら好きだとわかりますか?」
真っ直ぐな目で変なことを聞くソフィアの予想外の質問にキャシーとベスは目を丸くする。
「えっと、相手が自分を好きかってこと?」
キャシーの質問にソフィアは首を横に振った。
「ソフィア、誰か好きになったことないの?」
ベスの質問にソフィアは頷く。
「クラスの男の子とか、お店のお兄さんとか。カッコいいなとか、話したいなとか」
ソフィアは首を横に振る。
「男の子の友達は?」
ソフィアは首を横に振る。
女の子の友達だっていない。アリーナとエイミーは気にかけてくれていたが、一緒にお昼を食べたり、街へ遊びに行ったことはない。彼女たちを友達と言っていいのかわからないのだ。
「家庭教師の彼は?」
「優しくて頭が良くて尊敬しています」
「店長は?」
「憧れのドレスクチュリエです」
キャシーとベスは顔を見合わせた。
「一緒に居て、もっとずっと一緒に居たいと思ったら好きかもね」
「口づけするのがイヤじゃなかったら好きよ」
「それはベスだけでしょ」
キャシーのツッコミに一応好みはあるわよとベスが笑う。
く、く、口づけ!
「あらー。まだまだお子ちゃまね」
「二人としてみる? そうすればどっちが好きかわかるかもよ」
ベスのありえない言葉に、ソフィアは真っ赤な顔で無理ですー! と逃げた。




