第20話 ハンカチの男の子(5)
三男だからとソフィアを諦めなくてはならなかった。
でも諦めきれなかった。
どれだけ勉強しても「あぁ三男ね」と言われるのが嫌だった。
だからずっと学年一番を目指した。
王子の隣に相応しいと言われるように。
「……諦めなくて良いのですか?」
「はい。そして私にもチャンスをください」
十年片想いだったあなたを口説くチャンスを。
ルーカスは立ち上がると、ソフィアの手を取った。
「好きです」
ゆっくり手を持ち上げられ、指先に口づけされたソフィアは真っ赤な顔に。
同い年なのに色気のあるルーカスの仕草にクラクラしそうだった。
「三男は対象外ですか?」
悲しそうな顔のルーカスとソフィアの目が合ったソフィアは首を横に振った。
長男だとか三男だとか、そんなこと考えたことがない。
「……好きな男性がいますか?」
なぜだか急にマティを思い出したが、ソフィアは慌てて首を横に振る。
「もっとソフィーと話がしたいです。今日のようにゆっくり話をする時間がほしいです。どうかお誘いする許可を」
「外出は難しくて……その、家庭教師で来ていただいた日に、勉強のあと話をするというのはダメでしょうか?」
「ありがとうソフィー」
ルーカスが握っていた手を恋人繋ぎにすると、ソフィアの心臓はいっきに跳ね上がった。
「ル、ルーカス様っ」
「ルカです」
「ル、ルカ様っ」
ルカと呼ばれたルーカスは嬉しそうに微笑む。
「時間切れですね」
ルーカスが扉の方を向いたのと同時に扉が開き護衛が呼びに来た。
どうしてわかったのだろう? 前回も今回も全然気づかなかった。
ルーカスは恋人繋ぎの手を残念そうに取ると、椅子を引きソフィアを立たせ、エスコートしてくれる。
「ドレス、本当によくお似合いです」
「ありがとうございます」
綺麗な王妃様のドレスは歩いても衣擦れの音がしない。
チャーチル・ジョンソン・オートクチュールのドレスはやっぱりすごい。
ソフィアはドレスにうっとりしながら、王妃様がいる部屋へと向かった。
黄色のドレスに身を包んだソフィアを見たマティは驚いた。
そのドレスは見覚えがある。
先代である父の作品だ。
エスコートされる貴族の令嬢。
所作が美しく、見目麗しいお嬢様。
「私の着られなくなったドレスをあげたの。可愛いわ、ソフィア」
「王妃様、ありがとうございます」
ドレスのスカートを持ち、ソフィアは最上級の礼をする。
彼のエスコートも完璧。
手を離すタイミングが絶妙だった。
ライバルは若くて強敵だ。
マティは参ったなと苦笑する。
今日の仕事がすべて終わったマティとソフィアは王宮を後にし、ドレス店へ戻った。
◇
「やだぁ。むちゃくちゃ可愛い~」
「王妃様からいただいて……」
こんな素敵なドレスをいただいたと報告するソフィアに、お針子最年長のアデラが近づく。
「これ、ここの刺繍、私が作ったのよ」
肩から背中にかけて刺繍された綺麗な模様。
「うそ! アデラ姉さん刺繍できたの? やっているの見たことないんだけど!」
「若いときはやっていたのよ。懐かしいわ」
綺麗に着てくださっていたのねとアデラは嬉しそうに笑った。
「私はまだ見習いで、このドレスには触れられなかったわ」
お針子リーダーのユーリが当時を思い出す。
このドレスは先代の頃、二十年ほど前のドレスだ。
「ユーリ姉さんが見習い?」
「ずっとリーダーだと思っていた!」
そんなはずはないのにサリーとベスが笑う。
「ソフィア、先代に見せに行こうか」
マティにスッと手を差し出され、ソフィアは条件反射で手を乗せてしまった。
当然のようにもう片方の手でドレスの裾を持ち上げる様子にお針子たちが驚く。
「……やっぱり、ソフィアはお嬢様なのね」
小さな声でつぶやいたキャシーの声はソフィアには届かなかった。
ソフィアが王妃様にいただいたドレスを見たマティの父は、とても嬉しそうだった。
「あぁ、とても大事に着てくださった」
ほつれもない、汚れもない。
色も褪せておらず、保管も丁寧だったのがわかる。
腕や背中の刺繍も当時のまま綺麗な状態だ。
先代は当時苦労したスカートの膨らみについていろいろと教えてくれた。
ダンスが苦手な王妃が、少しでも踊りやすいドレスがほしいと。軽く、でもふわっと裾が広がるように工夫したのだと。
「こんなに大切にしていただけたなら、ドレスも喜んでいるだろう」
ニコニコと嬉しそうな先代の言葉にソフィアは目を見開いた。




