第2話 将来の夢(2)
休みの宿題を早々に終わらせてしまったソフィアは、リビングのソファーで刺繍をしている母の隣にちょこんと座った。
「お母さま、私、クチュリエールになりたい」
ドレスをデザインし、布を裁断し、縫製までなんでもやる職業に就きたいとソフィアが告げると、母は驚いた顔をしながら刺繍の手を止めた。
クチュリエールはドレス専門店チャーチル・ジョンソン・オートクチュールでピンクのドレスを作ってもらった日からずっと憧れている職業。
男性はクチュリエ、女性はクチュリエール。
あの日からずっとなりたいと思っていたのだ。
「えぇ? 侯爵令嬢は市井では働かないのよ?」
「……え? どうして?」
クラスの子はよく将来の夢を話していた。
うちはパン屋だから将来パン屋だ!
たくさん勉強して医者になるんだ!
だからソフィアはドレスクチュリエールになろうと思った。
「ソフィアは結婚して、ニコラスを支えるのが仕事なの。だからドレスは作らなくていいのよ」
ドレスが作れないの?
クチュリエールになれないの?
口もきいてくれないニコラスを支えるの?
どうやって?
「やだ、なりたい! クチュリエールになりたいの!」
ソフィアはギュッとスカートを握った。
七歳になったばかりのソフィアは泣きながら母に頼んだ。
どんなに頼んでも無理だと言う母のスカートにしがみつき、ソフィアは何度もお願いした。
それでもやっぱり無理だと言われたソフィアは涙を止めることができなかった。
泣きつかれて眠ったソフィアの赤くなってしまった目元を母はそっと撫でた。
「ソフィアがわがままを言ったのは初めてね……」
母は父と相談し、ソフィアに裁縫セットを買い与えた。
刺繍でもすれば満足してクチュリエールになるのは諦めるだろうと思ったからだ。
「裁縫ばかりしていてはダメ。勉強ができなかったら裁縫セットは没収です!」
「はぁい、お母さま」
ソフィアは侍女たちに教わりながら裁縫と刺繍を覚えた。
真っ直ぐ縫うだけではなく、まつり縫い、返し縫い、かがり縫いも。
何度も指に針を刺してしまい、指はいつも消毒液のお世話になった。
始めは全然うまく縫えなかったが少しずつ作りたいものが縫えるように。
成績は毎年八番前後を取ることができた。
ソフィアとニコラスは同じクラスになってもお互いに近づかず、ニコラスとの距離は広がったままソフィアは初等科を卒業した――。
◇
学園のカフェテリアで唐揚げにフォークを刺しながら、ニコラスは友人たちに不満を漏らした。
原因はニコラスの婚約者、ソフィアだ。
今日、中等科最後のテスト結果が張り出されたが、ソフィアは学年で五番、自分は四十七番だった。
「一番はルーカスだよな。王子を差し置いて一番取っちゃっていいのか?」
側近が王子を抜かしたらダメだよなとみんなで笑い合う。
「四十七番だったら真ん中よりも上だから、別にいいじゃん」
友人のジョシュが肩をすくめると、ニコラスは眉間にシワを寄せた。
「ソフィアみたいに勉強しろ、男として恥ずかしいって親に怒られるんだ。毎年、毎年! あいつのせいで俺が怒られるんだ」
ソフィアは地味。とにかく地味。
着ているのはいつもシンプルなドレス。
髪もサイドで縛り、眼鏡をかけ、休み時間も一人で勉強をしていることが多い。
どうせ昼飯を一緒に食べる友人もいないからずっと勉強しているのだろう。
ホントに可愛くない。
昔は天使のように可愛かったのに。
ニコラスはスープの残りを一気飲みすると溜息をついた。
◇
図書室の窓から外を眺めていたルーカスは、今日も急いで帰って行くソフィアを目で追いかけた。
「君のお姫様は五番だったね」
「私のではありません。彼女には婚約者がいます」
誤解を招くような言い方はよくありませんとルーカスは溜息をつきながら、第二王子レオナルドに反論した。
学園の入学説明会で一目惚れした少女、ソフィア・ブライト侯爵令嬢。
綺麗な金髪はふわふわのウェーブで、キラキラした青眼が印象的な子だった。
ピンクのドレスがよく似合い、こんなに可愛い子がいるのかと驚いた。
転んでしまったので手を差し伸べたが、泣きそうな顔で見上げる彼女を一瞬で守ってあげたいと思ってしまった。
ハンカチも貸したが、あのあと手は大丈夫だっただろうか?
母に名前が知りたいと頼んだが、わかったときには彼女にはもう婚約者がいた。
彼女の婚約者はニコラス・フランドル侯爵子息。
公爵三男の自分よりも、侯爵長男のニコラスの方がソフィアは幸せなのだと母から説明されたが、当時は全く意味がわからなかった。
三男は結婚相手として望まれていないということを知らなかったのだ。
「こじらせているねぇ。初恋から八年も片想いかい?」
「……いいじゃないですか。どうせ三男は結婚できないのだし」
遠くから姿を見るくらいは許してほしい。
残念ながら一度も同じクラスになったことがなく、話しかけるチャンスもないけれど。
「結婚できないわけではないだろう。人気がないというだけだ」
ソフィアとだったら結婚したいのだろう? とニヤニヤするレオナルドに、ルーカスは困った顔をするしかなかった。




